松本東亜のシリーズ投稿(第11回)

 現代のこころを詠む 短歌のページ

                               

[近詠歌]



   

  人は来てひと時を共に励みにき別れの時を嗚呼ここに

 

 
  
 

 歌人たちが歌った郷土熊本シリーズ27=徳富愛子
 
この稿は、歌誌「すぎなみ」200年3月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)  
  

 
  
もゆる火を胸に抱きてほのぼのとけふりはのぼる阿蘇の神山

  

 徳富愛子(とくとみあいこ)明治7年(1874)7月18日〜昭和22年(1947)2月20日。徳富蘆花の妻。熊本県菊池市生。熊本英学校女子部を経て、東京女子高等師範学校を卒業後、当時国民新聞社に勤めていた徳富蘆花と27年5月に結婚。以来、キリスト教の信仰によって結ばれた霊肉一致の比翼の妻として、常に夫を励まし、旅行記録『日本から日本へ』、長編小説『富士』を共著出版。夫の没後は『蘆花全集』二十巻を刊行した。(熊本県大百科事典より)

 掲載歌は、昨年出版された『蘆花と愛子の菊池』(菊池市教育委員会発行)に収録されていたエッセイの中から選んだ。蘆花・愛子夫婦が明治40年に移り住んだ東京粕谷の自宅は昭和13年、愛子夫人が東京都に寄付。現在は東京都が管理する蘆花恒春園(世田谷区)となっている。園内の蘆花記念館には蘆花の遺品や写真が多数保存されている。菊池市歴史資料館でも、愛子夫人が菊池を詠んだ短歌の色紙や手紙など展示してある。

  
故郷は火の国水の郷としも
       
たたえやまざり御恵みの国

  天地は胸をひらきて抱くめり
        天地は胸をひらきて抱くめり

  ふるさとの城山桜さく春を
  
     ゆめならなくに訪はまほしけれ


 故郷を遠く思いつつ、上のような短歌も残している。

 先の『日本から日本へ』は夫婦による世界周遊旅行紀であるが、夫婦の多数の短歌も散りばめられている。なお、菊池市は菊陽町から車で三十分ほどのところ。同じ菊池郡市のつながりが深い。

 
【一相一首】のすすめ
「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)

 一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や暮らしに多忙を
極めています。その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。

 そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作ることは必要あ
りません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのアロマセラピー、癒しにもつなが
り、きっと豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上手になりたい方は、志を高く持って、日々向上
に努めるように続けましょう。

  作ってみたい方は、このホームページに送ってください。編集後、掲載します。(松本)


[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]
  

  松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。


[投稿者の作品]

 今月号は一件です。会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。



[ 辻淳二作: テーマは「
観梅



 いさかいをほぐす手掛かり見えし午後軽き歩みに日は柔らかし


 我が家が借景とする梅園にかくもと思う人の集える


 ぐるぐると布を巻かれし老梅の枝に花満つ日差しに向いて


 しだれ梅の曲がりて垂れし池の面に鯉のゆったり泳ぎたる見ゆ


 羽音させ木々を揺らして飛ぶ鳥をヒヨドリなりと人は教えぬ


 梅の名に足をとどめて見上げたる「乙女の恋」はまだ一分咲き


 
小山より見下ろす眼下は紅白の梅群れ咲きて春の彩り


 梅見客カップル多く和やかなり着物の女(ひと)もヘルメットの娘(こ)も



 
シンボルと我が思い入る椎の木を今日は見ぬまま巡り来たりぬ


 園を出て歌をメモするわが耳に焼き芋売りの声のどかに流れる




 
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