松本東亜のシリーズ投稿(第13回)
現代のこころを詠む
『短歌のページ』
[近詠歌]
流星の光ひとすじ空に消え手に届くほどの星限りなし
[歌人たちが歌った郷土熊本(シリーズ29=宋 不旱)]
(この稿は、歌誌「すぎなみ」2003年5月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)
曇りぞら低く覆へば阿蘇冬嶺なべての山はいただきを消す
宋 不旱。明治17年(1884)5月14日〜昭和17年(1942)5月。
歌人。本名は耕一、のち耕一郎と改める。熊本医学校を中退して上京、窪田空穂を
知って短歌を志す。のち、朝鮮、中国各地、台湾を10年にわたって放浪、その間
に中国の詩書を学び、作硯の技を覚えて帰国。硯工不旱・不旱研人などと称して花
田比露思主宰の『あけび』によって短歌及び歌論を発表、松村英一の『短歌雑誌』
に現代歌人論を連載して注目される。大正14年『新釈柿本人麿歌集』を出す。
昭和4年に歌集『筑摩鍋』を、16年に『茘支(れいし)』を出版、格調の秀抜
さをもって知られる。しかし、反俗の性格から歌壇に背を向け、窮迫と病児に悩み
ながら作硯を業として各地を放浪、漂白の歌人として愛惜された。
(熊本県大百科事典より)。
掲載歌は、『茘支(れいし)』(にがうり)から選んだ。『筑摩鍋』とともに通
読したが、『筑摩鍋』は、まだ試行錯誤の感がある一方、『茘支』は、荒木精之氏
の筆による百科事典の解説のとおり格調と深まりが感じられた。なかでも、「初冬
の阿蘇」と題する連作十首はその感が強い。掲載歌はその冒頭の一首である。
ほかに「故里」の一連から
ふるさとになほ身を寄する家ありて
春辺を居ればうぐひすの鳴く
これは、熊本水前寺公園内に歌碑として建てられている歌だが、鹿本町のふるさ
とに寄せる思いが出ている。
阿蘇に何度か登り作品を残した不旱であるが、菊陽町の杉並木を通った記録は、
私の調べでは今のところ見当たらない。
【一相一首】のすすめ(「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)
このコーナーを設けて頂いて、早や12回目を迎えました。辻、新田氏が継続して投稿され、かなり
上達されました。月々、メールでの添削指導(改作例を示しますので、後は作者本人が再考して完成さ
せて下さい)ですが、根気よく続けることで進歩します。多くの方の参加をお待ちしています。(松本)
一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や暮らしに多忙を
極めています。その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。
そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作ることは必要あ
りません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのアロマセラピー、癒しにもつなが
り、きっと豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上手になりたい方は、志を高く持って、日々向上
に努めるように続けましょう。
[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]
松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。
[投稿者の作品]
今月号は一件です。会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。
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辻淳二作: テーマは「