松本東亜のシリーズ投稿(第14回)

 現代のこころを詠む 短歌のページ

                               

[近詠歌]



   

  暁の空に間近く光る星に手を伸ばさむとす力なく両手を

 

 
  
 

 歌人たちが歌った郷土熊本シリーズ30=長塚 節
 
この稿は、歌誌「すぎなみ」200年6月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)  
  

               秋海棠の画に 

  
白埴(しらはに)(かめ)こそよけれ霧ながら(あさ)はつめたき水くみにけり

  

 長塚 節(ながつかたかし)明治12年(1879)4月3日〜大正4年(1915)2月8日。
歌人。小説家。茨城県岡田郡国生村(現結城郡石下町)に生まれる。33年子規門に
入る。36年左千夫らと「馬酔木」創刊。万葉模倣の傾向を批判し写生歌を唱える。
一時小説執筆のため作歌中絶し、43年長編小説「土」を朝日新聞に連載。44年喉
頭結核の診断を受け、黒田てる子との婚約解消。病を持ちながら九州、関西の旅行を
続け、大正3・4年『鍼の如く』を発表。「冴え」「気品」は節の主唱で、その作は
写生歌として象徴の域に達している。大正4年九州帝大付属病院で没。
(昭和60年短歌現代8月号特集アララギより)。

 掲載歌は、『鍼の如く』から選んだ。節の代表作でもあるので、知っておられる方
は多いだろう。白、霧、朝、冷、水と、共通する言葉の選択により、彼の唱える「冴
え」「気品」と言った世界が、見事に構築された作品である。この作品を作るうえで、
かなりの用意がされていたことが考えられる。それは、彼は小説も書くことから、短
歌を十分組み立てて作る技術を持っていることが想像されるからである。

 この作品の八首目に熊本の作品がある。

         肥後に入る

   球磨川(くまがわ)の浅瀬をのぼる藁船(わらぶね)燭奴(つけぎ)の如き帆をみなあげて

 節は残念ながら、阿蘇には立ち寄っておらず明治44年4月25日福岡を発って熊
本で一泊し、26日人吉経由し鹿児島へ旅している。
これは、製紙の原料の稲わらを
運んでいる帆掛け船を詠んだものと言う。

 
【一相一首】のすすめ
「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)

 このコーナーを設けて頂いて、早や1
4回目を迎えました。辻、新田氏が継続して投稿され、かなり
上達されました。月々、メールでの添削指導(改作例を示しますので、後は作者本人が再考して完成さ
せて下さい)ですが、根気よく続けることで進歩します。多くの方の参加をお待ちしています。(松本)

 一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や暮らしに多忙を
極めています。その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。

 そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作ることは必要あ
りません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのアロマセラピー、癒しにもつなが
り、きっと豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上手になりたい方は、志を高く持って、日々向上
に努めるように続けましょう。

 作ってみたい方は、このホームページに送ってください。編集後、掲載します。(松本)


[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]
  

  松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。


[投稿者の作品]

 今月号は一件(山枡郁子さんの初投稿)です。

 会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。



山枡 郁子作: テーマは「
生活の中から



 
花ゆずの木々に集いしすずめの子チュンチュンチュチュン・・と何を語らん


 毎朝の道ですれちがう車イス押して押される人共に老い


 
五月雨に色洗われし紫陽花の葉に水玉のコロリ転がる


 水ぬるむ田にカエルの大合唱遠く離れし故郷思わる


 静寂の中を歩きて日光路いにしえ人に思いめぐらす


 

 

 
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