松本東亜のシリーズ投稿(第16回)

 現代のこころを詠む 短歌のページ

                               

[近詠歌]



   

  いつしかに眠りたりしか窓の外の桜は照りて夕光のなか

 

 
  
 

 歌人たちが歌った郷土熊本シリーズ32=内田 守人
 
この稿は、歌誌「すぎなみ」200月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)  
  


 
千里が浜にそこばく立てる松の木は霧氷に被はれ造花の如し

  


  内田守人 ( うちだもりと ) 。本名 ( まもる )
明治33年(1900)熊本県泗水町生。昭和57年没。
歌人。医学博士。大正13年九州療養所(菊池恵楓園)着任。島田尺草、伊藤保、
津田治子らの短歌指導を行う。大正15年療養所の外へ向けての初出版物となる
『檜の影』を刊行。ハンセン病文学の嚆矢を開く。昭和12年、長島愛生園から
全国の療養所へ『新万葉集』への投稿を呼びかけ、明石海人を世に出す。昭和
13年小川正子『小島の春』出版に尽力。昭和27年熊本市に医院を開院。昭和
29年からは熊本刑務所の篤志面接委員となり、収容者への短歌指導を行う
(「ハンセン病と文学展」於・熊本近代文学館他から)。

 掲載歌は、昭和36年3月に多年にわたる歌業の区切りとして出版された歌集
『一本の道』の中から採歌した。

 昭和34、5年ごろの作品であろう。題に「霧氷の阿蘇 加藤将之先生を案内
して」とある。加藤将之は歌誌「水甕」の主幹。内田は「水甕」に所属していた。
内田の作品に触れてみて、ありのままで飾らない人だと思った。ハンセン病に苦
しむ人々への精神的・文学的な支援活動の中で多くの人々を詠んだ作品が随所に
見られる。内田の生き方に触れることのできた歌集でもある。明石海人を詠んだ

  
めしひたる君がボタンを外づしやりつ
  診察の間は歌を語らず

など。また、歌集題名は、茂吉の「赤光」の

 
 あかあかと一本の道とほりたり
  たまきはる吾が命なりけり

から採ったと、あとがきに記してあった。なお、「ハンセン病と文学展」が九月
十五日まで熊本近代文学館で開催されている。内田文庫の多くの本が併せて展示
されている。


 
【一相一首】のすすめ
「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)

 このコーナーを設けて頂いて、早や1
回目を迎えました。辻・新田・山枡氏がこのコーナーを足掛か
りに投稿を始められ、かなり上達されました。月ごとの、メールでの添削指導(改作例を示しますので、
後は作者本人が再考して完成させて下さい)ですが、根気よく続けることで進歩します。多くの方の参加
をお待ちしています。(松本)

 一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や暮らしに多忙を
極めています。その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。

 そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作ることは必要あ
りません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのアロマセラピー、癒しにもつなが
り、きっと豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上手になりたい方は、志を高く持って、日々向上
に努めるように続けましょう。

 作ってみたい方は、このホームページに送ってください。編集後、掲載します。(松本)


[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]
  

  松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。


[投稿者の作品]

 今月号は一件(山枡郁子さんの第3稿)です。

 会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。



山枡 郁子作: テーマは「
生活の中から(その3)」



 
立ち並ぶビルの谷間の狭き空今日は真青(まさお)の五月晴れなり


 雪しげき朝(あした)に父は逝きたまふ野辺を送れば足袋は濡れにき


 吹き渡る五月の風に草葉揺れ地平線まで緑広がる


 車窓より暮れゆくビルを眺めつつ疲れし身体揺れに任せる


 秋なれば人恋しくて想わるる遠き昔に別れし君ぞ


 くちなしの香りせつなく漂ひぬ母の一番好きな花なりき


 
 

 
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