松本東亜のシリーズ投稿(第22回)
現代のこころを詠む
『短歌のページ』
[近詠歌]
来し人も去りゆく人もそれぞれに支へくれたりこの年月を
[歌人たちが歌った郷土熊本(シリーズ38=曾根 正庸)]
(この稿は、歌誌「すぎなみ」2004年2月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)
雪雲の片より晴れし高槻の梢の空に鳶舞へる見ゆ
曾根正庸。明治35年(1902)5月1日〜大正13年(1924)12月22日。熊本
市生まれ。大正4年私立中学九州学院に入学。大正9年、19歳。1月、作歌に志し、
清水谷侃、林田清吉、野田一吉等と土芥社を創立、回覧雑誌「土芥」を発行する。
8月、咽頭結核と診断され、転地療養の目的にて熊本県赤瀬海岸に赴く。この頃作歌
に熱中する。11月下旬、ついに臥床する。以来起きず。大正10年3月アララギに
入会。松倉米吉歌集を愛読する。一時期他誌によるが、大正12年再びアララギに入
会。藤沢古実の選を受けて認められる。大正13年7月アララギ同人欄に入る。12
月20日他界。(歌集の年譜より)
掲載歌は、曾根正庸歌集(再版・昭和二年発行)から引用した。一巻162首の小
歌集であるが、短い生涯の生命の結晶と言える歌集である。初版時にこの歌集を読ん
で長文の感想をアララギに掲載した島木赤彦は文末に『所謂人を動かす多きを須ゐざ
るものである。これによって小生は近来まれなる感銘を得たことを感謝する』と結ん
でいる。
兄姉、母親が先に病没する不幸な家で本人も不治の病に罹ってしまった。正岡子規
や長塚節の作品の影響も受けているが、それなりに本人の気持ちを作品に残したので
はないだろうか。掲載歌以外にも静かな歌境の作品を紹介しよう。
病床の障子開くれば山椿咲きむらがれり
上枝 に多し
芍薬の蕾ゆるむを朝なさな病の床に見るがたぬしも
かへるでの諸枝の若葉かすかにもたえずそよぎて庭の明るさ
【一相一首】のすすめ(「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)
このコーナーを設けて頂いて、早や22回目を迎えました。月ごとの、メールでの添削指導(改作例を
示しますので、後は作者本人が再考して完成させて下さい)ですが、根気よく続けることで進歩します。
多くの方の参加をお待ちしています。(松本)
一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や暮らしに多忙を
極めています。その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。
そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作ることは必要あ
りません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのアロマセラピー、癒しにもつなが
り、きっと豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上手になりたい方は、志を高く持って、日々向上
に努めるように続けましょう。
[投稿者の作品]
今月号は
松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。