松本東亜のシリーズ投稿(第25回)
現代のこころを詠む
『短歌のページ』
[近詠歌]
後戻り出来ぬところに来てゐたり流れのままに行くところまで
[歌人たちが歌った郷土熊本(シリーズ41=俵 亦市)]
(この稿は、歌誌「すぎなみ」2004年5月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)
遂げざりしかつての事をまた憶ふ春の夕べの雲に対ひて
俵 亦市。歌集『彩雲』。昭和33年4月20日発行。
(歌集に経歴が記されていないため、詳細不詳。)
歌集発行元、日本談義社荒木精之氏は序文に次のように書いている。
私が俵さんのお歌に共鳴するのは、孤独な心がふかくひそんでゐるからで
あらうか。俵さんはよく雲をうたつてゐる。雲を見ることの好きな人である
ことがわかる。一片の雲に眼をとめる人こそ人間のかなしみを知る詩人とい
ふべきであらう。この故にまた俵さんは、一木一草にも心を寄せ、ほこり立
つ街中にあつて、風の音や日の光、水の流れを忘れない。それが人の心の琴
線にふれて鳴り出す微妙な作品となるのである。しみじみとしたその含蓄と、
清澄さの故に私は俵さんの短歌を愛誦するものである。そして今日において
は、俵さんの短歌は大切にさるべき存在だと思ふのである。
(以下、省略)
この序文は、あますところなく「彩雲」の特色を紹介したものと私は共感した。
秀歌としての引用歌には、春の夕べの雲を歌っていながら孤独な陰影があって、
こころ深く滲みてくるものがある。以下の作品からもそれが感じられる。
一茎もとどめぬ火口周辺のすべては焦げてあかがねの色
今日は誰にも合ひたくなしと思ひをり雲の行く見ゆる窓に凭りつつ
つむじ風埃をあげて追ひ及けば人大方が顔そむけゆく
見返れば一筋白く遙かなり疑はずわが歩み来し道
【一相一首】のすすめ(「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)
一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や暮らしに多忙を
極めています。その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。
そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作ることは必要あ
りません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのアロマセラピー、癒しにもつなが
り、きっと豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上手になりたい方は、志を高く持って、日々向上
に努めるように続けましょう。
[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]
松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。
[投稿者の作品]
今月号は一件です。会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。
[ 山枡郁子作 ]
子の背の見えなくなるまで送りし母桜の花の静かに散る頃
夜闇に街並み深く沈むころ淋しき思いを吾がもてあます
あれこれと心の隙間埋めたれど幾多の思いまとまりを得ず
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