松本東亜シリーズ投稿(第39回)

 現代のこころを詠む 短歌のページ

                               

[近詠歌]



   

  ネクタイをはずす姿よ人格を失ひしごと鏡に映る

 

 
  
 

 本棚の歌集 リーその3=起伏」松田松雄歌集
                昭和42年年11月発行)

 
この稿は、歌誌「すぎなみ」200月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)  
  

 「明日は宮崎アララギ歌会です。」と、藤原光雄先生の電話連絡が入った。この
3月、先生とは松山の歌会で初めてお会いしたばかりであったが、私は宮崎の歌会
に来るように誘われていた。当時、宮崎日日新聞社読者文芸短歌欄の選者をされて
いたようであった。

翌日の昭和46年5月16日、松田松雄先生宅での歌会に参加した。熊本から宮
崎の大学に進学して初めての宮崎アララギ歌会であった。もちろん先生とは初対面。
先生は御身体の右手と足が悪く、椅子に坐られたまま歌評をされていた。言葉も御
不自由でよく聞き取れなったが、参加者は熱心に歌会に臨みそれに応えておられた。
当時、宮崎アララギ会は、両先生を中心に歌会などが運営されていたようである。

「起伏」のあとがきによれば、松田先生は宮崎アララギ会の雑誌「渦」を10年
あまり編集発行されていたようである。宮崎の事情など全く知らない私(当時19
歳)は、アララギの繋がりによって宮崎での生活をこうして始めた。

 
  
朝まだき汽車ぬちにして唯一人居を正しつつ乗れる女あり
  
君も亦この人ごみの中にしてひたすらわれをもとめてあらん


 上は昭和4年から18年まで845首を収めた「起伏」の初期の作品である。旧
制中学四年生の初期から誠実な人柄が感じられるが、この歌集名が示すように後年
の人生の歩みは起伏があって、御苦労の中、短歌を続けられたようであった。

 先の歌会後、先生は幾らか体調も回復され、大学の研究室に復帰されドイツ語の
講座を開講されていた。キャンパスで杖を突きながら歩かれる姿をお見掛けするこ
ともあった。そんな秋の11月1日。「友人から借りて「起伏」を書き写していま
す。そのノートに先生の写真を貼りたいので写真を撮らせてください」と、研究室
を訪ねて行った。写真撮影後、先生は手持ちの「起伏」を一冊快く私にくだされた。
これは、私の所蔵の第一冊目の歌集となった。



【一相一首】のすすめ
「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)

 一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や
暮らしに多忙を極めています。その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。  

 そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作
ることは必要ありません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのア
ロマセラピー、癒しにもつながり、きっと豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上
手になりたい方は、志を高く持って、日々向上に努めるように続けましょう。

 作ってみたい方は、このホームページに送ってください。編集後、掲載します。(松本)

 

[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]  

  松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。



[投稿者の作品]

 今月号は一件です。会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。


[ 山枡郁子作 ]



 
見送りし笑顔の母の眼差しに寂しさ見えて我が胸熱し


 遅々として時の進まぬもどかしさ帰り待つ身を君は知りてか



 
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