松本東亜シリーズ投稿(第43回)

 現代のこころを詠む 短歌のページ

                               

[近詠歌]



   

  自衛隊第八師団第八次イラク復興派遣決定

 

 
  
 

 本棚の歌集 リーその7=霜ふる土著者 吉田 正俊
                 昭和45年5月5日発行)
 この稿は、歌誌「すぎなみ」200年1月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)   

 私がアララギに入会したのは、昭和45年3月。初入選作の掲載された5月号
を開くと、編集兼発行者は五味保義となっている。しかし、五味の病気により昭
和41年3月から吉田正俊が、編集名義人となっていた。選者の一人であり、発
行事務の総責任者であった。

昭和46年3月、中国北九州四国アララギ大会が高松市で開催された。この時、
私は初めて吉田正俊に会う機会に恵まれた。その後は、東京の夏期歌会でお会い
することもあったが、年齢のへだたりからしても話をしていだだけるような関係
ではなかった。

翌年9月4日アララギ発行所に立ち寄った。北海道での酪農実習の帰路である。
発行所事務室には荒井孝先生がおられ私を温かく迎えてくだされた。この3月に
は、東京歌会に出席するため、親友の鎹信弘と初めて発行所を訪れていた。寝袋
を下げて行ったが、泊まることのできる大きな施設をイメージしていたところ、
意外にも狭い所であった。地方から来て落胆した様子の学生を見て、荒井先生は
近くのホテルに泊めてくだされた。

2回目のこの日、退所の際に2冊の本をお渡しになられた。それは「霜ふる土」
と「子規といふ人」(五味保義著)。これによって、吉田、五味と作品を通して
交わりを深めていく機会が私に与えられた。後年私の出版した歌集「海のひかり」
の冒頭の「夜明けには未だ時ありサソリ座は霜ふる土のきはみに光る」を生むこ
ととなった。五味については、舞鶴の仕事を辞め、東京に出てアララギ発行事務
に生涯を掛けた人生を知ることになった。

その後も発行所に立ち寄るたびに、荒井先生は「勉強してください」と、おっ
しゃりながら良質で高価な歌集をバックが重くなるほどくだされた。

「短歌21世紀」本年11月号に荒井孝先生の追悼特集が組まれた。私は執筆
する機会を逸してしまったが、先生から受けた御恩の一端を述べ追悼の意を表す
ことにした。



【一相一首】のすすめ
「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)

 一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や
暮らしに多忙を極めています。その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。  

 そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作
ることは必要ありません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのア
ロマセラピー、癒しにもつながり、きっと豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上
手になりたい方は、志を高く持って、日々向上に努めるように続けましょう。

 作ってみたい方は、このホームページに送ってください。編集後、掲載します。(松本)

 

[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]  

  松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。



[投稿者の作品]

 今月号は一件です。会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。


[ 山枡郁子作 ]


 
 
ドングリをそっと手に取り故郷の幼き日の秋思い出し居り


  時刻む音ぞ次第に響きたる秋の夜更けに寝返り打つたび


  気遣いの言葉一つに目頭の熱くなりたり気持ち緩みて



 
創作 目次へ