北鎌倉駅        椿 正明

 

 北鎌倉駅は鎌倉散策の重要な起点であり、降り立ったことのある方も多いかと思われる。東京駅から横須賀線で約50分、ホームに屋根は一部しかなく、草花があったり、時々りすや猫が訪れる。夜は改札がなかったり、東京近郊ではここ50年で最も変化の少なかった駅であろう。朝、電車を待ちながら円覚寺の山を眺めるが、桜のころ、若葉のころ、また秋の紅葉のころはひときわ美しい。

 こんな駅から通うようになったのは決して偶然ではない。初めてこの駅を意識したのは50年以上前、中学のときである。東京は小金井に住み、国立にある桐朋中学に通っていたが、生徒に情操教育であろうか、一橋大学の講堂をお借りして、ときどき映画鑑賞が企画された。そのなかに「晩春」と「麦秋」があった。いずれも原節子主演、小津監督の松竹映画である。そこに北鎌倉駅が登場する。原節子が北鎌倉駅から東京へ向かうシーンである。原節子のせいもあるかと思うが、機能だけの武蔵小金井駅と比べ、何か心惹かれるものがあった。

 大学を卒業して千代田化工に就職したが、4年目に出向の形式で東大の助手を勤める機会があった。そのとき同じ研究室の北鎌倉に住んでいる松村さんに「どこか良い下宿先がないだろうか」と頼んでいたところ、名月院の奥の、老夫婦の新築の間借りの物件が見つかった。建長寺の山を背にした静かな住宅地で、3月から結婚した12月ころまでの短い期間、北鎌倉から通うことになった。美しい自然を満喫したが、5月ころの楠の新緑がとくに印象的だった。

 結婚してから7年間は、社宅に入ったため横浜のチベット芹が谷に住んでいた。まだ緩やかな岡や谷には自然が残され、四季おりおり「探検」を楽しんだ。ただ保土ヶ谷駅までバスで出なければならないのは、いまいちだった。子供も3人おり、そろそろマイホームを見つけねばと思っていたころ、鎌倉は梶原の奥にある鎌倉グリーンハイツの広告が舞い込んできた。鎌倉、藤沢、大船にバスの便があるが、山を越えると20分以内で北鎌倉駅に出られる。東京まで合計70分、横浜のチベットより却って便利だと早速グリーンハイツに移り住んだ。葛原が岡や銭洗い弁天も近く、山間にゆったりと建てられた、森の匂いのする団地で快適だった。

 3LDKだったが、子供が大きくなるとやや手狭になった。そこで地元の不動産屋に、「中古物件で良いものがあったら教えて」と頼んでおいた。家はとりあえず住めれば良い、場所にこだわった。鎌倉市内の何個所かの物件を紹介してもらったが、結局いまの梶原の家に落ち着いた。歩くと25分かかるが、やはり北鎌倉経由通勤できる。乗り物の便はないが、時間的にはかえって速く、大船より一駅手前なので座れる確率も高い。

 駅まで初めはバイクに乗っていたが、いまは健康のために自転車にしている。帰りは北鎌倉駅から南西方向への峠越えであるが、最後はかなりの急坂である。ロードレーサーのギヤを最低にしてようやく乗り切る。飲んでいるときは押して歩くこともある。しかし朝は下り坂なので楽しい。できるだけブレーキを掛けない。道が狭くカーブも多いので、下手な車よりは速い。スキーは大回転の気分に近い。

 今65歳であるが、まだやりのこしている課題が多く引退できない。しかし自転車で坂を乗り切れなくなったら引退しなければと思っている。その時も駅はそう変るまい。ゆっくり歩いて北鎌倉に出て、のんびり円覚寺の山を見ながら電車を待つことにしようと思う。

  追伸

 昨年12月19日のことである。翌日は5時半の電車に乗って関西出張に出かけようと、早目に帰ってきた。19時ころ北鎌倉で自転車に乗り、峠を越え、ゆるい下り坂にさしかかった。人の歩かない山の中なので、外灯はところどころにしかない。対向車が上向きのライトを点けてやってきた。下向きにしてくれないかなあ。やっと通り過ぎたらもう1台。チェと思ったとたんにガーン。何だこれは。それはないよ!

 一瞬意識を失ったが、自転車に跨ったまま気がついた。背の高いトラックが止まっていて、これに額から体当たりしたのだ。左車線いつもの通り真っ暗で、トラックなんて全く見えなかった。乗用車なら天井が光るので分かったはずだ。今になって考えると、右車線のライトばかり見てて左車線側がお留守のまま10mくらい走ったらしい。

 額から血が出ているが、さほど痛くはない。眼鏡が変形して良く見えない。でもプラスチックレンズで良かった。そろそろと自転車に乗って家に着いた。家内に救急病院に連れていってもらって、レントゲン、CTスキャンをとり、中縫いもいれて15針くらい見習いのような若い先生に縫ってもらった。結局関西出張は延期、包帯をして帽子をかぶって出社することになってしまった。辻さんたちとの忘年会でも、付き合い程度のお酒しか飲めなかった。今のところ対向車のライトノイローゼで、車に乗ってもスピードがにぶる。

 ここ数年怪我が多いが、不幸中の幸いで大事に至っていない。今回もぶつかった相手がフラットだったので助かった。尖っていたら頭が割れていたかも。これを20世紀の怪我の締めとして、21世紀は怪我なしに行こう。

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