孫っ子が見せる「幼児の素顔」 辻 淳二
2年前に初孫として生まれた長女の娘が2歳になった。だいぶ親離れができるようになってきたので、仕事から帰ると子育てにビッタリの娘夫婦につかの間でも自由な時間をという名分で、この春から数時間から半日程度、私達夫婦が孫娘を預かることを月に一回くらいの頻度で始めている。本音は、「孫っ子と密着して過ごしたい」との願望を叶えるために、長女に頼んで借り出しているという所なのだが。これを考え出したのは私で、それに「私も行く」と家人が乗っかって、この4月から夫婦で実行している。
手始めの4月は、孫が『あんぱんまん』というやなせたかし氏の作品のファンということで、春休みのイベントとしてその展示をやっていた通信総合博物館に行った。たまたま仕事で大手町に行った時に案内を見つけて、「そこで遊ぶことで、2時間ほど預かる」ことにしたのだった。その後、5月は連休さ中の4日に『上野動物園』、そして6月は17日に『ゆりかもめ沿線めぐり』と、少しずつ預かる時間を長くしながら継続中である。
本音の動機が上のようなことだから、「どこへ連れて行こうか」と想を練るところから結構楽しんでいるのだが、実際に一緒に過ごして見ると必ず、彼女が「これを見ることができただけで、今日は満足だな」と思う幼児ならではの素顔を見せてくれる。それらは概ね、忽然と見えてきて、一瞬盲点を突かれたようになった後で、「なるほどねえ」と腑に落ちる。他愛ないことだけれど、私にとっては「ちょっとした感動シーン」となっている。そこでここでは、そのシーンについて書くことにしたい。
一年前に垣間見た「乳児の世界」
このイメージの原点は、一年余り前の2月に沖縄に家族で旅行した時に発している。当時孫娘はまだ生後9ケ月で、ほとんど母である長女をはじめ誰かの腕に抱かれながら行動を共にしていた。そして帰路、出発待ちで小一時間を那覇空港内で過ごした時に私が抱いてビル内を回っていて、子供が滑り台などで遊べるプレイスポットを見つけ、そこに孫を下ろした時だった。瞬間、彼女はさっとハイハイして滑り台の真下まで行き、そこで持ち上げて上から滑らせてあげると喜色満面、他の子供たちと交錯して危ないのもお構いなく、遊びに没入していった。それを見て、同行者に庇護され引き回されているのは自分の本意ではなく、この子にとってはこれがやりたいことだったんだと気付かされた。
会う度に目ウロコ! 「幼児の素顔」
先ずは『あんぱんまん』の展示会、ビルの入り口を入るとすぐ、キャラクターの大きな飾りとテーマソングが聞こえてくると、子供はもう私たちの手を頼ることなく中に入って行った。そこで、以下のようなシーンと出会った。
「苦手の悪役キャラ、こわーい!」: 手を引いたり、よく見えるように抱き上げたりしながら展示(原画とか写真とか)を一点一点見て行く中で、時々孫っ子が奇妙なしぐさをするのに気が付いた。手を引いている時には、私の後ろに隠れるようにして恐る恐る展示を見る。抱かれている時は、展示に背を向けたり、目を覆ってそのスキマから覗くように見る。それで、数ヶ月前に長女の家でこの子とあんぱんまんのビデオを並んで一緒に見ていた時に、機嫌よく見ていたのが突然私の方に寄ってきて、私の背中に凭れてこわごわ見ていたのを思い出した。
案の定、そういうしぐさをする時の展示作品には、恐い悪役的キャラクターの「ホラーマン」がどこかに描かれているのだった。同じ悪役でも、ほとんどの話に出てきてあんぱんまん達にやっつけられる「バイキンマン」は一向に平気。ところが、ホラーマンとなるとそれが大きな展示作品の中にごく小さく出ているのでも、ひとたび見つけてしまうともう腰が退けてしまう。最初に見て回った時に見落としたのをもう一度見て回った時に見つけても、それは「もう見たくない作品」になるらしい。かくして、途中からは「手放しで楽しい場所」ではなくなってしまったようだった。
これは、誰かに言われてでなく、自分自身の内面から恐いと感じるように見え、「この感が、今後の成長過程のどこで消えるのか」と私はいま、関心のアンテナを立てて見守ろうとしている。
「スリルがあるのが楽しい!」: 見終わって建物を出たところに高さが40センチくらい、直径が6〜7メートルくらいで、中に植木が何本か植えてあるサークルがあった。何気なくそこに立たせてあげると、サークルの20センチ足らずの縁をチョコチョコと走り始めた。一回、二回と回る内に面白くなってしまって、何回も繰り返す。走り方が危なっかしく手を離したら落下してケガをし兼ねないから、片手を持ってあげて一緒に回るのだが、こちらの方が先に疲れてしまう。そこで、5回回ったところで一度下ろしたが、夢中になっていて、またそちらに行ってしまう。もう3回付き合って、結局、「ママが待っているからね」と抱きかかえて“強制立ち退き”させてしまった。
『動物園』の時は次のようだった。
「見たいのはこっちだ!」: ゾウ園を入場直後に見た時に身を乗り出す感じがあったので、昼を食べてからパンダ園へと移動する途中で「ゾウさん、もう一度見ようね」と声を掛け、ゾウ園の人だかりをかき分けて前に進んでいた時だった。ゾウの姿が見える位置まで出ると、彼女はさっと人波を縫って右手の子供のゾウがいる方に進み始めた。近くの人にぶつかって転びやしないかと緊張して後を追うが、追いつけない。まさに、那覇空港の時と同じの行動パターン。そして、何とか近くで子ゾウが見える所まで行くと、抱えて欲しいというようにこちらに目を向けた。
「眠気には誰も勝てない!」: 上記の後でパンダ園を見て、キリン園への道を急ごうと抱っこして進んでいた。午後2時を過ぎ眠くなって来たらしく、「キリンさん(見るんだ)」と最初ははっきり話していたのが、次第にうわごとのようになり、「ほら、キリンさん見えた!」と呼び掛けた時にはもう完全に「ZZZ・・」。そこで、園前10メートルくらいの広場の木陰のベンチに座り、目が覚めるのを待つことにした。最近は昼寝をしないこともあると聞いていたし、腕の中だから心地いい筈はないしということで、最初は「まあ、長くて30分位かな」と思っていた。それが、30分が一時間になり、一時間15分になるに及んで、上野駅近くで落ち合う約束の婿殿と電話連絡して、「眠ってしまったから遅くなる」と伝える迄になってしまった。その間私は、時々子供の口が塞がっていないか気をつける他は何もすることがなく、家人と会話するのと、通りすがりの来園客をノンビリと眺めているだけ。
ところが意外にも、私にはこの日、この時間帯が一番満ち足りていたのだった。「子供が、自分の腕の中でこんなにスヤスヤと眠ってしまう」という、もう忘れていた感覚を思い出したからだった。
『ゆりかもめ沿線』は、「青海」駅近くの観覧車に乗るのを目玉として出かけたが、これまた「事実は、小説より奇なり」の結末だった。
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「悪戯心に点火!」: 観覧車の近くの、10メートル足らずの正方形のスペースに30センチ間隔で噴水のように水が吹き出すようになっている遊び場。たまたまその近くで昼食をしていて、その間孫っ子が裸足になって遊んだので、足を洗わせようと“噴水”のところに連れて行った。こちらが洗ってあげるのに任せていたのが、そばで遊び回っている子供たちを見て、自分もおずおずと噴水の脇を向こう側まで通り抜けて見て、いたずら心に灯がついたようだ。向こう側に抜けると嬉しそうに笑って、戻り道は水に濡れない外側を通って帰って来るのを何回も繰り返す。その内に水に濡れるのが快適と分かって来たらしく、戻りも噴水の中を走り抜けて来るようになった。そして、熱中のピークに達した辺りで足が滑り、絵に描いたようにストンと転んで、後頭部を地面にコツン。「わあっ」と泣き出したところで、ようやくジ・エンド。 |
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その一: 船の中がロビーになっていて、ソファーがあちこちに置かれていて、自由に遊び回れる。そこで駆け回り、あちこちのソファーに上っては「いないいないばあ」をする。この時、何とも言えないくらい嬉々としていた。 その二: 一休みしようと上の階の喫茶室に入り、家人がアイスクリームを買ってきて、テーブルに座った孫っ子の前においてあげた。すると、自分で上ふたをあけて、スプーンで中身をすくいだそうとする。はじめの内は、まだ融けていないから薄くしかすくえない。柔らかくなってくると、スプーン一杯にすくえるようになった。これを、辛抱強く繰り返しながら、時に、目の前の家人の顔を見ながら「ちゅめたーい」と嬉しそうな身振り手振りで話し掛けていた。 |
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その三: その後で地下の3Dシアターに入ってコンピュータ制作の映画を見たのだが、途中で恐いシーンがあって家人に隠れて見るような状況もあったが、次第にストーリーが分かって面白かったようだ。終わって部屋を出る時に、送ってくれる係の女性たちにお礼を言ったり、さよならしたり、(私達に言われてでなく)自発的に見せていた振る舞いにそれが良く表れていた。 |
このように、孫っ子との付き合いを通して、小さな子においては「この子にとって、ここが楽しいだろう」との保護者の思いを少し外したところに“目を輝かせる”場はあるということが、私にとって得難い気付きとなっている。たまたま、この子は只一人の孫であると同時に、私が還暦になった2ケ月後に生まれ「共にゼロ歳からの同時スタート」という特別の因縁がある。そこで、興味を持って見守る気分でいるのだが、こういう「まじりっ気のない自分」を折々に出しながら素直に育ってくれれば・・と思う気持ちが深まってきている。[2001.6.30]
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