「妻歌紀行」(高村賢治さん著作)所感 高嶋
宏尚
会員諸兄姉に一冊の本をご紹介いたします。会員の高村さん(バイトルヒクマ)が今年の7月31日に出版された「ミレニアム妻歌紀行」(日月社刊、日月叢書03)です。
この本は、昨年の7月から8月にかけ、ミュンヘンで開催された「世界マスターズ水泳大会」にご夫妻が参加した時の様子を短歌と紀行文で綴ったもので、123首の高村さんの歌が収められています。昨年(2000年)はご夫妻の銀婚の年にあたっており、「25年間の奥様への感謝の気持ちを形あるものを贈ることで表わしたい」、との高村さんの思いがこの本となって実現したものです。
それぞれの短歌には必ず「妻」の一文字が歌い込まれていますし、万葉集に収められた額田王の歌12首すべてが高村さんの短歌のどこかに生かされているなど、いくつもの趣向もこらされています。
一冊の本を作ることで奥様への感謝の気持ちを表すなど、なかなかに出来難いことでありますが、さらにその本の中に様々な趣向がこらされているところなど、鮮やかなお手並み、と申し上げるほかはありません。「すごい!」と感じ入ることも勿論ですが、「まいったなァ」と完全に脱帽の気持ちにさせられます。
本書に収められた歌の何首かについて、蛇足のそしりは免れませんが、所感や解説めいたものなどを付け加えてご紹介いたします。歌の前に付いている番号は本書の中で各短歌に付けられている番号です。
004 成田から風もかなうと多摩の子に妻袖振りぬ今は飛び出でな
万葉集には全くうとい身でも、この歌だけは額田王の歌が下敷きになっていると理解できます。残りの11首の額田王の歌がどこで生かされているかを探すのも本書を読む楽しみのひとつであると思います。艶だった才気の佳人、額田王の歌の引用は、奥様に贈る歌集のしゃれた技と思います。
025 いにしえに恋うる妻かも朝日照る少年像に腕を取りけり
モーツアルトの母の生地ザンクト・ギルゲンの市庁舎の前、少年モーツアルトがヴァイオリンを弾いている像を前にしての歌です。「モーツアルト」や「音楽」「ヴァイオリン」などの言葉を一切使わず「朝日照る少年像」と状況を整理し切った表現が見事です。朝日とモーツアルトのイメージが交差し、とてもさわやかで、すっきりした歌になっていると感じます。モーツアルトのフルート・コンチェルトなどの伸びやかな旋律が聞こえてきそうな気さえします。
「恋うる」の表現もある歌なので、ともすれば我々の年齢ではやや気恥ずかしさが出たりもしそうなところだと思いますが、清々しい感じにつつまれた情景が感じ取られ、高村さんの人徳の故の歌と思います。
064 行き帰り妻と渡りしドナウ川気位高く川波高し
あまりにも有名なドナウ川ですが、「気位高く」の表現に、その堂々たる存在感、圧倒的迫力、また歴史的・文化的な意義などが余すところなく、きっちり表現されていると感じます。見事な言葉使いと言うほかはありません。
083 スイス刺繍値を見る妻は嬉しげに「買う価値あるわ」とわれを見上ぐる
085 部屋に戻り妻はいそいそテーブルにクロスをかけて写真撮りけり
一体に、女性が「買う価値ある」と発言した時には、不退転の決意が感じられ、その判断には逆らわないほうが円満にことが運ぶように思います。買ってきたものを直ぐに広げ写真を撮っているところからは、「価値ある」物を首尾よく入手し本当に満足している様子が窺われ、思わず微笑みを誘われる情景です。世の男性は、女性が「買う価値ある」と発言した時の対処の仕方をよく承知しておくべきです。
070 浮き橋の分かつ空なか妻と見る夢の極みの美しき城
「浮き橋の分かつ空なか」が、自然をバックに浮き上がるように見えるノイシュバンシュタイン城の、この世のものとも思えぬ美しさの情景を巧みに表現していて、大きなスケール感と、緑に映える白の鮮やかな色彩を感じますが、さらに、「夢の極みの」の表現には、周囲の理解を超えたルードヴィッヒの狂気にも近い美意識、救いようのない孤独感や絶望感などへの万感の思いが込められており、見事な歌いぶりと思います。
082 爪切りに加えて包丁買う妻に喧嘩すまじの誓い新たに
この歌には大いにユーモアを感じたのです。スイスでお土産を選んでいるときに歌ったものです。刃物を持っている人と争うのは危険だ、との直接的な意味合いよりも、「誓い新たに」の響きにインパクトがあり、上質なユーモアが感じられます。
087 嘉すかな高く豊かな滝筋をわれのみならず妻もゲーテも
シャーロック・ホームズとモリアーティ教授の最後の格闘の舞台として使われたことでも知られているライヘンバッハの滝で歌われたものです。文豪ゲーテもこの滝の美しさを絶賛した、とのことのようですが、「高く豊かな滝筋」「われのみならず妻もゲーテも」の表現に、滝のスケールの雄大さや落下する水の凄まじさが歌いこまれていると感じます。
このほかにもいくつも見事なと感じ入った表現や、高村さんの暖かいお人柄がしのばれる歌などたくさんあるのですが、ご紹介はこれ位にしておこうか、と思います。会員諸兄姉に一読をお勧めする次第です。
ただ、本書は簡単には手に入りません。丸善や八重洲ブックセンターでさえも入手することは不可能です。お読みになりたい方は、直接著者に依頼するか、高嶋までご連絡ください。高嶋が所持しているものをお貸しいたします。
(2001.9.27)
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