我が小なる教育改革、今年のバージョン       辻 淳二

 
 新潟からJR越後線で30分ほどの所の私立大学に非常勤講師として出掛けるようになって、今年で
7年目になる。「この講座を・・」と要請された講座名以外は全て自分の裁量でやらせて貰えている身軽さが性分に合って、“当初の想定を超えた長居”をしているというのが実感である。ただ、折角の若い人との接触の場なのだから、身の丈の範囲でできることはなるべくトライしていこうと、年々、多少の工夫は凝らしている。本稿は、その今年の動きと、その中で「こちらが動けば学生たちも変わる」といういい方向への変化が出ている部分について、そのあらましをレポートするものである。

 突如来た「講座名変更」

 今年の正月が明けてしばらくたって、大学から学部長名で文書が届き、それには「・・例年の通り出講を・・」と記されていた。ただ、そのすぐ下に書かれている講座名を見て、一瞬、目が点になった。これまでの講座名は経営と情報1で、“例年の通り”ならこの名前の筈なのに、そこには『流通と物流』と書かれていたからである。「今年、思い切ったカリキュラムの編成換えをしたのかな?」と思って事務当局に確認すると、しばらくして私の授業との関連が深い常勤の先生から電話が入り、「関連するいくつかの講座間の部分改訂で、講座名を変えることにした。内容は、これまでのものをベースにして貰っていい」との話だった。これには「田舎の大学のいい加減さが出てしまったな」と感じたが、講座名は大学側に決定権があるもの、こちらは「それで受けられるかを判断すればいいこと」と受け止め、しばし考えた上で、講座名変更を受容する旨の返答をした。

私の専門から言えば、『経営と情報』はドンピシャだけど、『流通と物流』となると自分自身その専門家とは認識していない。しかし、私が自分の講座に対して持っているミッション意識は、「その講座名の枠内の専門知識を教える」だけでなく、「講義を通して、世の中の変化や自分の動き方などの諸々に関して、自前の関心のアンテナをしっかりさせるように刺激する」ことにあり、近年は後者の方を強く意識して現場対応している。この視点に立てば、流通の世界は学生たちにも極めて身近で、カレントな話題に事欠くことなく、リアル感が持てる講義ができる。この点と、『経営と情報』はもう6年もやってて“ややマンネリ気味”との感を重ね合わせて、「この講座名の変更は、私にとってもプラスに活かせる」と判断したのだった。

この機に「積年の課題解決」に踏み込む

かくして今年、例年になく、我が“教育改革”は差し迫ったものとなった。上記の先生は「余り変えなくてもいい」と言われたが、現実問題としては、講座名が変われば講義要目も変えざるを得ないし、それに合せて講義用の資料も作り直さないといけない。先ず、講義要目の提出時期が来て、これはごく真っ当に(この講義名なら「かくあるべき」と思う筋で)作成した。そしてここで、一つだけ、講義の運用の面で、今までなかなかできなかった「踏み込み」をすることにした。それは、要目の備考欄に「講義への集中度を高めるために、大教室は使わない。従って、(受講者数によっては)遅れて来ると“立見席になる”こともあり得る」と書き込んだことだった。

これには、次のような背景があった。私の講義は3年生の理系の選択科目で、これまでずっと、180人から220人くらいの受講生があった。一方で、大学の教室は、300数十人が入れる大教室の次は150人くらいの中教室になってしまう。従って、前年までは大教室で授業を行ってきた。ところが、教室が広すぎて、受講生は好き勝手なところに座り、しかも真正面の席が空きがちになって、もう一つ、ピリッと引き締まった講義環境にならない。200人近くもエントリーしていると、私の講義を単位を取るために取るという生徒も少なからず居て、彼らは私から遠い位置に座る。前に座るように言っても、一部の学生しか従わない。それでいて、終わり頃に講義の感想を自由に書かせると、「OHPやプロジェクターの字が見えない」「声がよく聞こえない」「後ろの方の私語をもっと注意しろ」等のブーイング的な声が少なからずある。こういうことが繰り返されてきて、昨年は取り敢えず、「この講義においては、後ろの5列は椅子がないとみなす」としてそこへの着席は禁止としたが、遅れて入ってくる学生がそこに座ってしまう等で、状況改善の決定打にはならなかった。かくして、「教室がデカすぎるのが諸悪の根源」で「これを何とかすることが、私の最大の教育改革課題」と的が絞れていた所へ上記の講座名変更、私の方としては「この機を逃しては」と“内々で暖めていた強行突破策”に出たということだったのだ。  

久々に集中的に勉強

次なる課題は、「流通と物流」に関する私自身の全体的な見方を安定したものにすることだった。これには、2月頃にやや集中的にこの分野の勉強をする時間を取ることで対応した。結果的にこれは、流通に関する直近の状況でのグローバル・ビューを伊藤元重教授著『流通は進化する』(中公新書)を教本として学ぶ等、効果的なチャージに繋がった。特定の分野に目的を持って関心を集めていれば、そうでない時よりはいろいろなことがよく見えるもので、「流通と物流に関し、学生に対して自分の言葉で教えられる」線には来たなという手応えが得られ、一先ず気持ちが落ち着いた。

その次は、新しい講座に沿った教材の作成だったが、先ず4月の3回分を2月の勉強の段階でおよそのメドを付け、5月の連休にうまく休みが入ったのを利用してその後の5月分を作るという“逐次一括処理”作戦で対応した。間に合いそうもない所は、去年まで使っていた資料で使えるものを改版してしのぐことにしたのは言うまでもない。  

ようやく到達!「一体感が持てる授業環境」

上記のもとに、実際の講義の進行がどうなったかというと、今までとは違う反応があちこちに出て、「これは、一歩前進だな」と言える展開になっている。先ず、4月の初めの講義のオリエンテーションの時に、「受講者が150人を超えても中教室でやる。そういうことも考慮に入れて、選択の判断をするように」学生たちに伝えた。結果として、履修届けを出したのは180人を超え、中教室には全員が入れない数になったが、実際に最初の数回に出てくる学生は教室が溢れる所まで行っていない。開始時点で座席の8割近くが埋まる程度。ようやくにして、座席の前の方の学生に私が問い掛けている会話が後ろの席の学生にもおおよそは聞こえる、“一体感が持てる”授業環境ができたのだ。今までは、私の目の前の最前列に学生がベタッと並ぶことはなかった(1〜2人はいるが)が、それが現実になった時は、率直に言っていささか感動した。そこで、目の前の学生に「今日の教室で僕が喜んでいることがあるんだけど、何だか分かるか?」と聞いたら、彼らは返事に窮し、「君達だよ。君達が“かぶり付き”に座っていることだよ」と言ったらキョトンとしていたという一幕もあった(少し慣れた最近は、目の前に座りながら講義中に居眠りをする学生があらわれ、“かぶりつきに座るのは歓迎だけど、寝られるのは困るんだよね”といって、頭を軽く叩いて起こすということにもなっているが)。

次に、今の大学の授業に付き物と聞いている「私語」は、中教室になっても、これがすぐなくなった訳ではない。ただ、部屋が狭くなった分、後ろの方の私語でも私の耳に届く。そこで、「そこ、うるさいぞ」というと、収まる。かくして今は、各回に、始めた直後に一回と、後半に来てやや緊張感がなくなって来た頃に一回と、大体2回くらい大きな声で注意すれば済むようになっている。昨年までは、私には「今日は、私語が少なかったな」という感じで終わった時でも、その日に書かせた感想に「私語がうるさくて、もっと注意して欲しい」というのがあって、「前にいる自分には聞こえていないんだ」とズッコケたものだが、そういう状況はずっーとよくなっている。

もちろん、まだ道半ばなものもある。私が、中教室になって学生達の授業への集中度が高まることで期待したことの一つは、講義中のちょっとした話題での私の問い掛けに学生達がさっと手を挙げて答えてくれる「双方向性」だった。問いかけることの多くは、流通や物流の世界で直近の一週間にマスメディアの話題になったことに関してなのだが、田舎の学生たちの“外界への関心の低さ”なのか、一面に出たような話題でも「待ってました!」という反応にはなっていない。これには、「最初は、思いもしない問い掛けなのだろうから誰も答えられなくてもいいけど、この講義の終わる夏頃には何人もが手を挙げるようにならないとね」とけしかけているが、今日現在、まだ道は遠い。  

学生の反応も明らかに好転

こちらから中教室への変更を仕掛けたこともあって、学生の反応を早く見たいとの思いもあって、今年は例年終わり近くに書かせている講義に対する感想や要望を5月の終わりに前倒しした。そこでの反応は、概ね私が教室の空気で感じていた通り、「プロジェクターで映した字が見えない/声が聞こえない/私語がうるさい」等のブーイング的なコメントがはっきりと減り、「興味深く聞いている/このままでいい」との肯定的な声が増えるという変化が現れていた。ただ、これらの声が絶無になった訳ではなく、また、「遅れて行ったら、席がなかった。広い部屋にして欲しい」という声も何人かから出ていた。これには、「それ来た!」と次回に直ちに回答した。「広い教室にしたら、君達はまた前をガラッと空けて、俺を遠巻きにするだろう。そうなったら、今まあいい感じに保てている講義への集中度はガタンと落ちる。だから、この要望は却下だ!」と。実際、教室の椅子が全部埋まっているのではなく、ポツンポツンと空いている席はあるのに後から来た連中にはそこまで入っていきにくいだけなのだから、それで押し通せる話でもあったのだが。字が見えないとか声が聞こえないとかは予想外だったが、そこで、「大学から借り出しているプロジェクターの光量が足りなくて、窓際のブラインドを前の方しか下ろさないと見えないことがある」、「地声に力がないので、後半になるとかすれて聞こえない」等が分かり、お互いに歩み寄って改善するように呼びかけをした。一例を挙げれば、「これは、“レポートに書いていいと言われたから書いた”では改善が遅くなる。この教室なら、聞こえない/見えないと感じている人がすぐ手を挙げて、私に言う方が早く解決できる。だから、この件はそれで解決しよう」といった風に。こうしたやり取りからも、窓際の学生が授業が始まる前に自分の横のブラインドを自発的に下ろしに掛かる等、“共に授業を創っていく”方向の小さな前進が生まれていて、「一先ずは良し」としたいと思っている所である。  

一部ながら「嬉しい行動変化」も

このように、素直だが“打てば響くような行動力”の点では何とももどかしい学生達を相手に揺さぶりを掛けながら、自分の裁量でできるミニ改革を思いつくままに働きかけている。上に書いたことはその主な成果だが、その他で出ている「我が意を得たり!」という向きの反応をいくつか記しておこう。内心ニヤリという感じだったのは、有志の学生を募って企業訪問をさせて頂いている訪問先(県内の流通業最大手)で、先方の部長さんが自らやって下さったプレゼンテーションの中で、参加学生に向けて、「ここの売り場面積はどのくらい?」「年商は?」から始めて、「この規模の店を新設するのにどのくらい投資が必要?」に至る、“マクロな数字についての感覚”を問う質問を次々と発せられたこと。私も、教室でよくこの手の数字について問い掛け「知ってる人は答えて」とやっていて、学生たちには「なぜこんなことを訊くの?」という感じでクールに受けとめられていたのだったが、この他流試合の場で受けた同じような“概数に関する問い掛け”は、彼らに、私の問い掛けについて「あの程度の数字感覚は、経営の現場では常識なんだ」と気付かせてくれる格好のシーンになった。もう一つは、企業訪問に行った学生たちに、一人5分ずつ、そこで学んだことの感想を教室で行かなかった学生にレポートするように導いたこと。我が大学の学生は、大学当局の方は「それが新潟の県民性」と言われるのだが、一般に人の前で話せと言うと尻込みする傾向が強い。従って、このレポートも、義務付けるのではなく、訪問に行ってそれなりの刺激を受けた後で、「講義をライブなものにすることにもなるからやって欲しい」と口説くという手順を踏んでいる。結果として、今年は約10人がレポートし、中に数人、とても気持ちのこもった話をした人がいて、「企業訪問の刺激による脱皮」を感じることができた。さらに今年、新しい試みを一つ取り入れようとしている。それは、「物流」に関する講義の中で、物流業の牽引車的な位置を担っているヤマト運輸の経営について話し、その直後に同社の近未来の発展方向を示唆している雑誌の記事を見つけたことが起点となった。それを読んだ時に、これについても話しておいたら良かったなとの感を持ったので、一計を案じ、私の講義の最終回の場でその記事の要約を私の代わりに教室で皆にレポートするように、有志を募ることにしたのだった。「これをやったらボーナス点をあげる」というインセンティブ付きで、さらに、「(ここではどんな失敗をしてみいいのだから)“人前で話すのは大の苦手”という学生にお勧め」と呼び掛けて。これを最終回にと言ったのは、「名乗りを上げる学生が一人もいなければ休講にすればいい。それならそれで、休講にする名分が立つ」との“遊び心”に引っ掛けてのことだった。結果として、3週間前のいま現在、既に2人手を挙げた学生が現れて(これまでの彼らの反応に比べれば、格段のフットワ−クの良さ)、「もしかして休講!」の下心はあえなく泡沫と帰してしまった。  

以上、講座名の変更をプラス思考でテコにした今年の“我が教育改革”は、掛けた手間のモトは取れそうな手応えを積み重ねながら進行中である。

2002.6.23]

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