[シリーズ投稿・枚方通信(その)]
 

 片宿だった枚方で想う「復路の人生」      丸中 正量

 
 はじめに

 私が住む「枚方」からメッセージを発信する「シリーズ投稿」の第2号をお届けします。読者の皆さんの中には、京都と大阪のほぼ中間地点で淀川左岸に位置する「枚方」の地理をご存知の方は少なく、逆に「枚方菊人形」のことを伝聞されている方は案外多いのではないかと思います。  

 五街道のひとつ「東海道」は従来、品川宿〜大津宿までの53次でよく知られていますが、さらに「京街道」と呼ばれた京都〜大坂間の伏見宿(54)、淀宿(55)、枚方宿(56)、守口宿(57次)まで延長した「東海道57次」説も有力なようです。

 過日、辻淳二さんから、「津本陽の小説『龍馬』を読んでいるんだけど、枚方、枚方という記述が頻繁に出てますよ」という電話を頂戴した。京街道(陸路)と並行して京の都へ米その他の荷物を三十石船で運ぶ淀川(水路)があるために栄えた「枚方宿」、従って、幕末に活躍した坂本龍馬も、堺港から天皇に謁見するために上京したフランシスコ・ザビエルも、この街道を通行したに違いありません。  

やがて、文明開化とともに淀川に川蒸気が就航し、さらに明治9年、大阪・京都間に鉄道(東海道線)が淀川の右岸(枚方の対岸は高槻)に開通すると、宿場町枚方は旅客や荷物を奪われ、寂れざるを得なくなりました。菊人形は、明治43年に左岸に待望の電車(今の京阪電鉄)が敷設され、大正に入ってから起死回生のための観光イベントとして誘致されたものだそうです。

復路の人生

 枚方宿は、上り下りの交通量が一方に片寄る「片宿」の宿命を背負っていました。それは、旅人が上りを陸路、下りは安い料金で早い船便を利用した結果であり、陸路は上下の比率が101で一方的に上りに偏る「片宿」だったそうです。

これまで特に歴史や地誌に無頓着だった私も、人生の復路に入るに及び、往路で失っていたものを急に取り戻したい欲求が募り、機会を見つけては各種の史跡めぐりに参加するようになりました。それは、近くで格好な郷土史家に遭遇した幸運が重なったお蔭です。また、同好の士、同伴者の存在も極めて大きいと言えます。元はと言えば、そういうマインドが働きアンテナを張ったからこそ彼らに出会えたと言えそうですが。実は、この枚方宿の記述も彼ら又は関連資料の受け売りであります。  

次に「復路の人生」ですが、それには、土から生まれた人の再び土に還る準備、これまで曖昧にしていた死を直視して生きる半生、より根源的なものを極めたいとする行動、スピーディライフからスローライフへの転換をはかる半生、本当の自分探しの人生等の、様々な定義が出来るように思います。
 この研究会の会員諸氏のレポートを拝見しても、大学の教室に立つ人・坐る人、ドイツ留学記や気功ライフ、良寛の研究等、いずれをとっても「復路」つまりセカンドライフの報告が目立ちますが、いずれにも深い共感を覚えます。


 「私の復路」の近況

 私の近況をご報告します。詳細を別途ご報告する機会もあればと願っています。

1. 長崎の「26聖人殉教地」への巡礼

  1597年に、豊臣秀吉のキリシタン禁教令のため、京都や大阪などで捕らえられた外国人
 宣教師6名、日本人信徒20名が処刑された丘へ向けて、京都を起点に長崎までの1,000km
 の行程を、月2回ペースで3年かけて歩いています。11月中に兵庫県から岡山県に入ります。
 四国巡礼の変形版と言えます。

2. 史跡めぐり

  枚方を中心に京都その他の近場めぐり。先生や同好の士の提案が楽しみです。
 今月は特別に、滋賀県近江八幡市にある「武佐宿」に泊まりました。これは近江中山道の宿場ですから、京街道からはいきなり飛躍し過ぎですが、同じ小学校から大学まで同席した同級生が故あって遺産相続をし、独力で文化財の再興を図っている商家を同じ大学のゼミ生12名で訪 ねたものです。
 同じ街道の近くに殆どが辻姓だらけの村があると聞いたのですが、淳二さんの一族と関係があるかもしれません。

3. 聖書を旅する

  今まで、旧約聖書を殆ど読んだことがありません。週1回のペースで、3年かけて旧約から新約まで一気通貫で読破する勉強会をやっています。所謂歴史書ではないにしても、パレスチナ地方のイスラエル人がその時代と環境の中で流浪・寄留を繰り返す様がフォーカスされ、共に旅をするのは圧巻です。奇しくも三つの宗教の勉強もしています。

4. 同窓会

  いつの頃からか、同窓会や各種の会合に出るのを欠かさなくなりました。小・中高・大の同窓会、異業種懇談会。会社時代の所属部のOB会まで含めると、マンスリーサイクルが多いので馬鹿にならないのですが、昔から整理能力に欠けています。
 今年は大学卒業40周年に当り、全学(7学部)在籍1000名に呼びかけて記念同窓会を挙行しました。出席が三分の一の325名、三分の一は欠席連絡あり、残り三分の一はナシのツブテですが、これも黄金分割というのでしょうか。

5. メーリングリスト他ネットライフ

  前項の大学の同窓生のメーリングリストの管理人をやっています。1000名の三分の一がメール開設者と睨んで呼び掛けた結果、160名の登録までは順調でしたが、実際には以後閑古鳥が鳴いています。同窓生とはいえ、お互い不特定多数に近い大集団のネット上での井戸端会議は無理なのでしょうか。かくなる上は辛抱強い実験が続きます。
 会社の同期入社組50名中20名登録のMLもやっています。私のでしゃばりばかりが目立ち、会員の反応が薄いのが悩みです。  
 それに比べて、その他のMLやメールマガジンは姦しいと言えるほどで、毎日200通超をこなす勘定になっています。このため、パソコンの前に3〜4時間も坐ることが多い毎日です。

6. ボーイスカウト

   枚方5団の団委員長役をやっています。これが私の復路の中で心身の最大のエネルギーを使う活動ですが、最大の悩みになってしまいました。通算30年近くリーダーをやっていますが、昔は100名の大団体だったのが、今ややっと20名を超えるだけという風前の灯団となっています。少子化(一人っ子)時代、塾とテレビゲーム氾濫がその遠因で、そういう時代こそ、大自然というもう一つの教室で団体で手足と心を鍛えるスカウト運動の重要性がいや増していると思うのですが、現実とのギャップに悩んでいます。

7. 趣味

  俳句、辻さんに刺激されて短歌、お絵描き、キーボードを志していますが、現役時代に身についていない趣味は復路では到底無理なのかなとも思い始めています。
 50歳の晩成でとった免許。今、カーナビを付けた軽四輪が近場で機動力を発揮しています。昨年は、仙台までの800kmを11時間かけて、孫を訪問しました。   


 「片宿」だった枚方に住む私の人生も、往路が安かろう・早かろうの下りの水路、復路は上りの陸路ということになるのでしょう。往路で見過ごしてきたものをじっくり眺めながら、マイペースで京都を目指したいと思います。往路は、大脳生理学でいう左脳ばかりを使って来たのかもしれません。復路は、錆びついている右脳をせいぜい使って、楽しみながら参ることにしましょう。


 
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