還暦雑感              黒木 靖生
 

 この4月22日で満60歳を迎えました。いわゆる還暦です。  

還暦というのは、古来、日本では、暦の年号を「十干(じっかん:漢字では、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸と書きますが、読み方は、きのえ・きのと・ひのえ・ひのと・つちのえ・つちのと・かのえ・かのと・みずのえ・みずのと、です)」と「十二支(じゅうにし:子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)」の組み合わせ(1年目は甲と子、2年目は乙と丑という具合です)で表していました。そして、十干は10年で、十二支は12年で一巡しますので、10年と12年の最小公倍数である60年で最初の組み合わせに戻るため、暦が戻る、つまり「還暦」と言うのです。  

ここまでは高校の漢文の先生に教わったことですが、それでは私の生まれた年の十干は何かと考えて、はたと行きづまりました。これは、私たちは自分の生まれた年を十二支で表す習慣は残していても、十干で表す習慣は失っているためです。現代では十干が世間に出てくるのはせいぜい「丙午(ひのえうま)の丙(ひのえ)」くらいでしょう。そこで暦の本で私の生まれた年の十干を調べてみましたら「癸(みずのと)」でした。つまり、私の生まれた昭和18年そして今年(平成15年)は、十干・十二支で表すと「癸未(みずのと・ひつじ)」です。  

ついでに、インターネットで十干や十二支のことを調べましたら、いろいろなことが分かりました。十干とは「十幹」、十二支とは「十二枝」とも書くようで、どちらかというと、十干が「親(おや)」、十二支が「子(こ)」のようです。そのため年号を表すのも、十干を先に、十二支を後に書きます。  

十干は、中国の殷の時代に、10日をひとつの単位(これを「旬」と言い、今でも上旬・中旬・下旬という言葉で残っています)とし、その10日の各日に甲・乙・丙・丁という10の漢字をあてたことから始まったもので、それに後年「五行思想(木・火・土・金・水)」が影響して、甲を「木兄(きのえ)」、乙を「木弟(きのと)」、丙を「火兄(ひのえ)」、丁を「火弟(ひのと)」などと呼ぶようになったそうです。この「兄(え)」と「弟(と)」という呼び方は「陰陽道」の影響を受けており、兄は「陽」で、弟は「陰」です。そして、私たちが「あなたのエトは何ですか」と聞くとき、それは十二支を意識していますが、上のように「エト」は本来「兄・弟」であり、厳密には十干なのです。  

また、十二支は、木星が12年で天球を1周することから、いにしえの支那において、天球を12の区画に分けて、それぞれの区画に子・丑・寅などの12の名前を付けたことから始まったもので、これを使って、月・時刻・方角などを表すようになりました。月では、子は11月、丑は12月、寅は1月という具合で、また時刻では、例えば午(うま)は12時で、これは現代でも正午という言葉で残っています。この12の区分というのは、1年は12ヶ月、1日は24時間、全方位は360度と、いずれも12の倍数であることを考えると、まさに「絶妙」と言うほかありません。  

因みに、陰陽道では、十二支にも陽と陰があり、子・寅・辰・午・申・戌が陽で、丑・卯・巳・未・酉・亥は陰とされています。そして、十干との組み合わせでは、双方とも偶数なので、十干が陽であれば十二支も陽、十干が陰であれば十二支も陰となり、陽と陰あるいは陰と陽との組み合わせはできません。

また、子を「ねずみ」、丑を「うし」などと動物の名前で呼ぶのは、覚えやすくしたためで、実際の意味とは異なるそうです。  

この十二支は、昔は為政者により年号(元号)がよく変えられたので、十干と組み合わせて「60干支」として「60年という一定の期間の中の年を特定する」ために用いられました。歴史の中でも、わが国では「戊辰の役」、中華民国では「辛亥革命」などのように60干支による年号表記が残っています。

なお、日本においては「皇紀(神武天皇即位の年を1年とする)」という年号の表示方法があり、これは西暦と同じように1年ずつ積み上げる方式ですから、60年経つと元に戻る「60干支」よりも分かりやすいと思うのですが、わが国の支配階級の文化は支那からの輸入文化がベースとなっていますから、採用に至らなかったものと思われます。  

この「還暦」という言葉は、60歳定年制の普及した今日においては、「還暦=定年=年金生活」と意識されてしまいます。我が家におきましても、還暦を迎える年に改まっても、年金のことに全く関心を示さない私を家内が心配し、給料の振込先である地元銀行の催した「年金講座」に私を送り込みました。その講座で年金の仕組みは多少なりとも理解できましたが、現在の勤務先では今のところ退職を告げられていないので、年金のことを現実味をもって考える気にはなれません。  

この講座で腹が立ったことは、同じ年金でも、厚生年金と共済年金とでは年金のプール先が異なるので、公務員が定年後に一般企業(厚生年金の適用企業、以下同じ)に再就職した場合、再就職先の給与水準とは無関係に共済年金も受給できるということです。これは、一般企業に勤めていた人が定年後に一般企業に再就職しても、給与水準が一定以上の人には厚生年金は支給されませんので、極めて不公平と言えるでしょう。もちろん、一般企業を定年で退職した人が学校など共済年金の適用組織に再就職した場合でも、その学校からの給料と一緒に厚生年金も貰えますので、公務員だけが優遇されているわけではありません。しかし年金の原資が乏しい現実に鑑み、この両方のケースともに年金の支給を停止するのが、一般大衆にとって「公平な社会」といえるのではないでしょうか。

(注) 現行のルールでは、厚生年金(共済年金)の非適用の企業(組織)に再就職した場合、再就職先の給料水準にかかわらず厚生年金(厚生年金)は受給できます。このルールも、「公平な社会」の観点から見直す(つまり、現実に得ている所得水準に応じて、年金の受給をコントロールする)べきでしょう。  

私が還暦を迎えるにあたって、今のところ現出した変化は、誕生日の2週間前に、私の居住する千葉市から「シルバーカード」が送られて来たことです。このシルバーカードを提示すると、美術館・動物園などの市営施設の利用料金は無料になり、また、千葉県内のレジャー施設・娯楽施設などの利用料金が割引されます。しかし、このシルバーカードは、給与収入が無くなり年金生活に入るまでは「封印」しておこうと思っています。   
                                 (以上)

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