[シリーズ投稿・枚方通信(その5)]
長崎の26聖人殉教地への巡礼 丸中 正量
はじめに
昨年5月から「長崎への道」を歩いています。「長崎への道」とは、約400年前、日本最初のキリシタン殉教者として、1597年2月5日、長崎西坂の丘で十字架に磔になった26人が京都から長崎までの1000kmを、30日かけて歩いた足跡を辿る巡礼です。日本人に馴染みの深い「四国霊場八十八箇所の遍路1400km」のキリスト教版と言ったらよいでしょうか。
枚方カトリック教会の有志約10名とともに、この1年間は、原則として毎月平均2回のペースで日帰りで歩いて来ました。4月現在、通算23回目で
ロード・マップ
秀吉のキリシタン禁教令で、1597年(慶応元年)の正月、京都・大阪で捕らえられたスペイン人の宣教師、修道士6人と日本人の信徒20人が、1月3日、見せしめのために京都の一条の辻で耳を削がれて大坂、堺に引き回され、厳冬の中両手を後ろに縛られたまま処刑の地、長崎までほぼ陸路で連行され、2月5日に西坂で十字架にかけられるまでの約1000km、30日間の足取りは、下記のとおりです。
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1/27 1/28 1/29 1/31 2/1 2/2 ?
2/4 2/5
2/5 |
最終ゴールの目的地
長崎駅を降り立つと左手に見える小さな丘が西の坂で、この26人の殉教者を皮切りに、爾後、鎖国が解かれキリスト教の弾圧が終わるまでの70年間に600人のキリシタンが磔になったという。そこには二十六聖人の記念碑が立ち、26人の等身大のブロンズ像(舟橋保武作)がはめこまれている。記念碑の奥には「二十六聖人記念館」が、そして南山手には「大浦天主堂」(正式には「日本二十六聖人殉教聖堂」)のある観光地になっているのでご覧になっている方も多いだろうと思います。
![]() 殉教地・西坂の丘に向かって建つ天主堂 |
![]() 日本二十六聖人のレリーフ(西坂) |
巡礼の目的とこころ
巡礼の動機や目的は一体何なんでしょうか。同じ教会に、漂泊生活をこよなく愛しておられる方がおられ、今回の「長崎への道」(以後、長道と略称す)も師匠役として途中まで伴走(歩)していただきました。65歳を超えた方で、退職後、四国巡礼7回、長道2回、奥の細道2回、西国33箇所?回、熊野古道?回とまさに漂泊生活の達人。「大野正義・論考集」というHPをお持ちで、その中で四国の歩き遍路のタイプを次のように面白い分析をされているので引用させていただくと、
1
通過儀礼型(人生の節目・生まれ変わり願望型、洗浄・再生復活、ルネッサンス型)
・
定年退職者
・
リストラされたサラリーマン
・
廃業した自営業者(元水商売の女性等)
2
リフレッシュ型(休暇利用の短期間区切り打ち)
・現役サラリーマンの垢落し・充電型(研究熱心型。行儀の悪過ぎる人が若干紛れ込むので 迷惑)
・家庭の主婦(信仰熱心型、長期の留守が不可能)「パートで旅費を貯金し、また秋に戻っ て来ます」
3 高群逸枝型(自分さがしの悩める若者)
後に女性史の研究業績を残した彼女が20歳代半ばの大正中期に遍路に出掛けたのが嚆矢。 大正中期の24〜5歳は大年増だが、何故か「娘遍路」と称される。現代の悩める青年も30 歳前後が結構多いが、昔なら中年かもね。しかし、この中には無銭旅行目的の傲慢無礼な 若者が紛れ込んでくるので迷惑。
4 お接待期待型(四国の人々が敬遠するお遍路さん)
今後はこのタイプの増加が予想される。江戸時代から終戦後に至る迄、嫌われるタイプのお遍路さんは非常に多かった。このタイプの本格的復活が今や目立ってきた。
5 自殺願望型
以上、http://oonomasa.infoseek.livedoor.com/index.htm 「大野正義・論考集」による。
このように、巡礼の動機や目的はまさに人によって区々だということでしょう。私自身の目的も、上記の@からDまでのすべてが当てはまるように思えます。自殺が許されないキリシタンにとっても、長道はまさしく死への道行きに同道することを意味します。「人生の節目にふとわれに帰り、師を仰いで自分を見つめなおし、傲慢だった古い自我に死に、新しい命を復活する」〜のが巡礼の共通の目的ではないでしょうか。
四国八十八箇所の巡礼には、「同行二人」と書いた遍路笠を被って歩かれるお遍路さんが多いと聞きます。この「同行二人」、「弘法大師とともに歩くこと」こそが巡礼のこころ、本質を表しているように思います。「弘法大師」を「キリスト」や「模範となる先達」と入れ替えれば私たちの長道そのものになります。
巡礼方式(歩き方)
巡礼の動機や目的が人それぞれであるように、巡礼方式〜歩き方もその人の健康、経済、時間の都合などにより様々です。先ず、車、自転車、歩き〜のいずれによるか、また、期間も1ヶ月位で一気に踏破か、分割してどう繋ぎ何年かけるかなど。四国巡礼と長道との大きな違いは、前者が恵まれた自然の起伏に富み、年間数万人にのぼると言う巡礼者を受け入れる伝統と仕組み(道標からご接待まで)が整っているのに対して、後者は旧山陽道を中心にできるだけ宿場跡や道標など歴史のよすがを辿ろうとしても、ほとんどが消失し、実は、行程の半分以上は国道沿いを、とくに交通安全に気配りしながらの行軍にならざるを得ません。国道には歩道が付いていないところも多く、あっても自転車が凶器となるので決して気が許せません。
人口の1%にも満たないキリシタン人口の日本ではやむを得ないのでしょうが、長道は、少数派がまるで都会砂漠を道標なしで尋ね歩く、危険一杯の追跡ゲームのようです。今から20年前、そこに着目したあるボランティアが、一人でも安全な道行を実現したいという観点から「巡礼地図帳」を中心とした巡礼システムを開発しました。ご本人も長道の前に四国巡礼経験者でしたが、長道を10回以上踏破して、用意周到に調査の上、2万5千分の一の地図の上に、道順とランドマーク、ビジネスホテルや旅館、食堂、その他道路(危険)情報付きの、A4版、全600頁の巡礼全書を発行したという次第。従って、今はほとんどの人、グループがこの方の開発したシステムとツールを利用しています。
巡礼ツール
・「巡礼地図帳」〜2万5千分の一地図をベースにしたガイドブック。(四国巡礼は、環境が整 備されていて不要)
危険な道路、借用トイレ、ホテル、食堂(美人のママ情報付き)まで至れり 尽くせり。その都度、該当部分をコピーして携行。
・「巡礼帖」〜 長道に沿った70教会をセレクトし、1〜70番札所と設定している。立ち寄った 教会で朱印か神父のサインを貰う。(納経帖に該当)
その他、道行の祈祷文、聖歌つき。
・「完歩証」〜 長道にチャレンジした人はこれまで1万人程度の規模だそうだが、全行程を完歩した人は100名を超える程度と聞いている。
実は、このシステムとツールを開発したボランティアは、私の中・高時代の恩師(音楽担当)であることを、昨年5月、この巡礼に参加した初っ端にはじめて知った。男子校の音楽の先生の傍ら新進気鋭の作曲家であったことぐらいしか知らず、最近、同窓会で偶々先生の作曲、指揮で、京都交響楽団演奏の「長崎への道」というCDを購入したばかりなので、奇縁にビックリ仰天しました。
私たちのグループのこの1年の歩き方
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月日 |
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距離 |
○番札所(教会) |
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1 |
5月20日(月) |
京都・フランシスコの家〜淀駅 |
23km |
1.西陣2. |
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× |
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2 |
6月3日(月) |
淀駅〜枚方教会 |
27km |
5.高槻6.茨木 |
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× |
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3 |
7日(金) |
枚方 |
18km |
7.枚方8.香里9.門真 |
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○ |
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4 |
7月1日(月) |
玉造 |
22km |
12玉造13天王寺14堺 |
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○ |
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5 |
15日(月) |
堺駅〜北野教会 |
20km |
15住之江16.北浜 |
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○ |
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6 |
8月5日(月) |
北野 |
11km |
17.北野18.園田 |
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× |
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7 |
19日(月) |
塚口駅〜西宮駅 |
11km |
19.甲子園20.夙川 |
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○ |
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8 |
9月2日(月) |
夙川 |
12km |
21芦屋22.住吉23.六甲24.灘25中山手 |
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△ |
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9 |
16日(月) |
三宮駅〜垂水駅 |
19km |
26.下山手28.鷹取 |
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× |
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10 |
10月7日(月) |
垂水駅〜土山駅 |
19km |
30.明石 |
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○ |
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11 |
21日(月) |
土山駅〜御着駅 |
21km |
31.加古川 |
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○ |
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12 |
11月18日(月) |
御着駅〜山陽網干駅 |
22km |
32.姫路 |
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○ |
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13 |
12月2日(月) |
山陽網干駅〜西相生駅 |
18km |
33.網干34相生 |
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○ |
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14 |
1月6日(月) |
西相生駅〜寒河駅 |
20km |
35.赤穂 |
○ |
○ |
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15 |
20日(月) |
寒河駅〜香登駅 |
19km |
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○ |
○ |
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16 |
2月3日(月) |
香登駅〜岡山駅 |
22km |
36岡山 |
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○ |
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17 |
3月3日(月) |
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17km |
37聖ディエゴ喜斎衛門墓所 |
○ |
○ |
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18 |
10日(月) |
吉備津駅〜備中呉妹駅 |
20km |
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○ |
○ |
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19 |
17日(月) |
三原駅〜湯坂温泉(泊) |
24km |
**初めての1泊2日 |
○ |
○ |
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18日(火) |
湯坂 |
23km |
○ |
○ |
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20 |
24日(月) |
備中呉妹駅〜井原駅 |
21km |
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○ |
○ |
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21 |
31日(月) |
井原駅〜備後赤坂駅 |
22km |
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○ |
○ |
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22 |
4月7日(月) |
備後赤坂駅〜尾道駅 |
17km |
38.尾道 |
○ |
○ |
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23 |
9日(水) |
尾道駅〜三原駅 |
14km |
38.尾道39.三原 |
○ |
○ |
いよいよ後半戦を迎える長道
なおまた、長崎はキリスト教に限らず日本史を動かしてきたエネルギーの源泉であり、長道は星雲の志をもつ青年の通い路だった。機会があれば、また続編をご報告したいものだ。