「安藤忠雄建築展」を見て        黒木 靖生
 

 5月24日(土)、午後3時前に休日出勤の仕事を切り上げて東京駅に急ぎました。3時半過ぎに丸の内口を出ると、50mくらいの長蛇の列がいきなり目に飛び込んで来ました。東京駅のステーションギャラリーで開催されている「安藤忠雄建築展2003(再生−環境と建築)」に入場するための列です。当日は土曜日でしかも好天に恵まれたのと、展示会最終日の前日であったことが重なって、このような大勢の人が詰め掛けたのでしょう。  

 一瞬、「入場を止めようか」と弱気が心をかすめました。しかし、4月に展示会が開催されてこのかた「ぜひ行ってみよう」と気にかけていた展示会ですから、「やっぱり入場しよう」と思い直し、ミドリの窓口に行って入場券を求めました。意外だったのは、窓口の人が新幹線の切符と同じように「発券機」から入場券を取り出したことでした。  

その入場券を胸のポケットに入れて、入場待ちの列に並びました。展示会場の入り口では、退出した人数に見合う分しか入場しないようにコントロールしているため、行列も少しずつしか前に進みません。しかし、五月晴れの好天の大気に昼間に触れるのは久し振りなので、並んで待っていても心地よい風が楽しく感じられました。  

 入場を待っている列を観察すると、若い人が多いのに気がつきました。私みたいな中年あるいは年配の人は、数えるくらいしか見当たりません。「これらの若者たちは皆、建築家あるいはそれに関係する職業に就くことを希望しているのかな」などと勝手に想像していました。すると、私の前に並んでいた若いカップルの女性のほうが男性に「安藤忠雄さんは何をする人?」と尋ねましたので、「全ての人が安藤忠雄さんを知っているわけでもないようだ」と理解しました。  

 待つこと30分くらいで、やっと入場できました。コインロッカーに鞄を押し込んで、展示場のある2階に向かいました。最初の部屋には、パリ市内に計画中の「ピノー現代美術館」とパリのユネスコの敷地内に建てられた「瞑想空間」が展示されていました。現代美術館は三角形の真ん中をくりぬいた形状の建物の上に二棟の長方形の建物が乗った近代的なデザインで、また、瞑想空間のほうは、安藤さんの作品によく出てくる「円筒形」と「水」と「暗闇」を組み合わせた古代オリエント的なデザインで、対照の妙を見せていました。  

 二番目の部屋は、「兵庫県立美術館」と「神戸市水際広場」です。これらは、阪神・淡路大震災の復興事業の一部として建てられたもので、今回の展示会のテーマを強く感じさせ、こちらのほうを最初の部屋に展示すべきと思いました。なお、水際広場は災害の際の避難場所として神戸市が計画したものですが、安藤さんは、広場とともに、復興の象徴としての「郷土の森」を造ることも意図しており、10年・20年後の森の成長した姿が楽しみです。また、県立美術館の敷地は水際広場と隣接しており、たまたま両者を安藤さんが手がけたことで、二つの施設に有機的なつながりを持たせることができたそうです。

 私は、大震災のかなり前ですが、神戸に2年くらい住んでいましたので、復興後の神戸を見てみたいとの気持ちが強く湧きました。

なお、この部屋には、アメリカ・テキサスの「フォートワース現代美術館」も展示されていましたが、デザイン的には、兵庫県立美術館とよく似ていました(完成は県立美術館が先です)。  

 三番目の部屋は、ベネッセグループの福武さんが企業メセナ活動の一環として建設しておられる瀬戸内海の「直島の現代美術館やホテル、および民家を改造した美術館」と、「神戸の六甲山の急斜面に造成した集合住宅」の紹介です。特に直島の美術館は、周囲の景観を壊さないように地下に埋められた構造になっています。

なお、安藤さんは環境改善活動にも積極的に取り組んでおられ、産業廃棄物の墓場となっていた瀬戸内海の豊島にオリーブの木を植える運動を、弁護士の中坊さんと一緒に進めています。  

 四番目の部屋は、9月11日の同時多発テロで破壊されたニューヨークの貿易センタービルの跡地に、犠牲になられたかたがたを偲ぶモニュメントを造ることを提案した「グラウンド・ゼロ・プロジェクト」と、マンハッタンの古い高層住宅の最上階をゲストハウスとして改築する「マンハッタンのペントハウス」です。モニュメントは大きな円形のマウンドで、そこを訪れる人々がいろんな思いを込めて犠牲者に思いを馳せられるように、柔和かつシンプルな形状にしたものと思われます。

 なお、安藤さんは、頼まれもしないのに自分でいろいろなアイデアを出して提案活動を行うのが好き(「安藤忠雄 建築を語る:東京大学出版会」)なようですが、今回の提案は、ご存知のように、採用には至っておりません。

また、ペントハウスは、既存の高層住宅の最上階にガラスで造られた長方形の二つのホールを、一つは既存の部屋の半分を壊してそれと置き換える形で、もう一つは既存の部屋に斜めに挿入して中空に浮かせるという大胆なデザインとなっており、ルーブル美術館の「ガラスのピラミッド」と同じモチーフ(新・旧の衝突)のように思われます。  

 五番目の部屋は、国会図書館上野分館に「国際こども図書館」を増設したものと、「同潤会青山アパートの建替計画」です。前者は、古い建物にガラスのホールや玄関を増築したもので、「マンハッタンのペントハウス」と同じアイデアです。また、後者は現在計画中のものですが、建替え後のアパートの高さが表参道のケヤキ並木の高さを越えないように、アパートの大部分を地下に埋める設計になっています。また、地下に埋められたアパートの中央にはプロムナードのような道路が通っており、「これこそ環境に配慮した再生」と思いました。完成が楽しみです。  

 これらの展示物は、模型や写真・ビデオ映像あるいは絵(ドローイング)などで説明されているわけですが、圧倒的に量感が不足していると思いました。建築物は基本的には人間がその中に入るわけですから、やはり等寸大の大きさがないと、実感として理解するのは困難です。展示会場の最後の部屋で、今回展示した建築物のビデオ映像を大型スクリーンに写していましたが、このスクリーンを見ることで、やっとある程度の量感が理解できました。  

 また、建築物は、先ずその本来の機能を果たすことが必要です。その上で、デザイン性とか、新規性とか、歴史や環境との調和が問われるべきでしょう。例えば、六甲山の集合住宅について言えば、そこに住んでいる人々が、家の間取りや公共スペース・緑化などの周囲の環境、春・夏・秋・冬、晴天・雨天の日などにおける「住み心地」をどう評価しているかが先ず大事でしょう。そして、この集合住宅が六甲山の風景にどのように溶け込んでいるかも重要な視点です。しかし、このようなことは、展示会ではわかりません。  

 絵画とか彫刻の展示会は、展示されるものが実物である限り、その評価は、展示される会場のコンディションに左右されることは多少あっても、その場で可能です。しかし、建築物の展示会は、先ず、展示されるものが実物でないこと、そして、その建築物は、第一義的には、それが建築の目的に適っているかで評価されるべきであることから、展示会それ自体がたいへんむつかしいものであることを思い知らされた、今回の見学でした。  

 もちろん、安藤さんは、そのことは百も承知でしょう。そして、今回の展示会の目的は、「歴史」とか「環境」を根底に据えた建築というものを広く訴えることであったと思います。

                                 (以上)

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