「ダイオキシン法」を考える        黒木 靖生
 

 「ダイオキシン類対策特別措置法」という名前の法律があります。この法律は、1997年ころから社会的に大きな話題となったダイオキシン問題に対応するために、1999 7月に国会で成立し、翌2000 1月に施行された法律です。この法律は、主として焼却炉のダイオキシン排出量を減らす目的で作られたもので、従来の低温燃焼の焼却炉ではダイオキシンの発生は避けられないため、ゴミ焼却事業者(民間・地方自治体)に対して、間接的に高温の焼却炉への転換(建て替え)を迫るものです。しかし、この建て替えの費用が高額(数百億円)なものであるため、ゴミ焼却事業者の大きな負担となっています。  

 この「ダイオキシン類特別措置法」の中に、次のような、奇妙な規定があります。

1.      適用事業所の設置者は、政令で定めるところにより毎年1回以上排出ガスの測定を行わねばならない。測定は同一試料について2回行い、小さいほうを測定結果とする。

2.      測定結果が排出基準に適合しないときは、同一試料について再度分析を行い、当該再度の分析によるダイオキシン類量が先に行った結果より小さい場合は、当該再度の分析によるダイオキシン類の量を測定結果とする。

3.      排ガス中のダイオキシン類濃度が基準値を下回る炉を持つ施設においては、同等の運転条件が継続されていることを条件として、当該炉の翌年の測定は省いてよい。

つまり、焼却炉の排出ガスの中のダイオキシン類の量を同一試料で2回測定し、片方が基準値内であれば「合格」とし、どちらも不合格のときは、もう一度同一試料で2回測定して、そのどちらもが基準値外であるときに初めて「不合格」とすると言うものです。

また、測定は毎年1回と定めているにもかかわらず、上のようなルーズな基準で合格すれば2年に1回の測定に緩和できるのです。  

この法律はダイオキシンの排出量を削減することが目的ですから、1.においては、「大きいほう」を測定結果とするのが一般的な感覚でしょう。まして、2.および3.のような規定は、存在することすら不思議な気がします。

ところが、このような出鱈目とも思える規定が存在するのは、ごく微量のダイオキシンを測定するには非常に高価な測定装置が必要で、また測定は技術的に非常に高度(微妙?)なものだからだそうです(測定は分析業者に依頼しなければならず、測定料金は1試料で30万円とも言われています)。

つまり、われわれは数年前にダイオキシンでいろいろ騒ぎ、その結果、焼却炉から大気中に排出されるダイオキシン類の総量を削減するために「ダイオキシン類特別措置法」が作られたのですが、何と、その法律は「実効性が保証されない代物」だったということなのです。  

それでは、この法律の実効性を保証するために、上の2.〜3.の規定を厳しくすべきなのでしょうか。私の考えでは、その答えも「NO」です。

その理由は、日本評論社から出版されているシリーズ 地球と人間の環境を考えるの第2ダイオキシン 神話の終焉を読んで、「われわれ日本人は、ダイオキシンに敏感になりすぎている」と分かったからです。  

そもそもダイオキシンがマスコミに大きく取り上げられるキッカケとなったのは、埼玉県のNGOが1997年に発表した、当時「産廃銀座」と言われていた所沢市の1970年から1992年までの新生児死亡率が、所沢市の産業廃棄物の焼却量が増えるに従って増加していることを示すグラフでした。

このグラフを見ると、埼玉県の新生児死亡率を1としたときの所沢市の新生児死亡率は、1970年の始点から、多少の凹凸はあるものの全体としては右肩上がりで上昇を続けており、しかも1980年からは埼玉県の平均値を超えて上昇しています。
 また同じグラフに、所沢市の産業廃棄物の焼却量が示されています。焼却は1974年から始まり、しかも所沢市の新生児死亡率の上昇と歩調を合わせるかのように焼却量が急カーブで上昇しているため、産業廃棄物の焼却(=ダイオキシンの大気中への排出)の危険性を非常に鮮明に訴えかけているように見えます。  

ところが、このグラフの新生児死亡率は、所沢市の絶対値ではなく、埼玉県の平均を1としたときの相対値で、所沢市の新生児死亡率の「絶対値」は、産業廃棄物の焼却量が増えているにもかかわらず低下し続けているのです。しかし、このことは、このグラフから読み取ることはできません。

日本では、新生児1,000人あたりの死亡率は、1970年の「おおよそ9人」から1996年には「同2人」にほぼ直線的に低下しており、所沢市でも、産業廃棄物の焼却量は急激に増加しているにもかかわらず、新生児の死亡率は全国平均と同じように低下しています。
 埼玉県の人口は
700万人で、年間出生者はおおよそ7万人です。いっぽう所沢市の人口は40万人で、年間出生者は4,000人ほどですから、新生児死亡率が全国平均と同じとすると、近年では年間で8人ほどが亡くなる勘定です。もし何かの事情で、所沢市の新生児の死亡者が4名増えただけでも、死亡率は全国平均(埼玉県平均も、ほぼこれに近い)の1.5倍に跳ね上がります。この例でも明らかなように、埼玉県と所沢市という母集団の大きさが違う統計数字を比較するのは意味が無い(母集団の小さい統計数字は注意して読まなければならない)というのが、「統計学の基本」です。  

もし、所沢市の新生児死亡率の増加とダイオキシンの関係を厳密に論証したいのであれば、所沢市の新生児死亡者数は年間でおおよそ4人〜12人ですから、死因を個別に究明する手法(プライバシー保護の問題はありますが)もあったかと思います。

 なお、所沢市は2002年の夏に、1997年〜2001年の5年間の住民の「ダイオキシン汚染」の測定結果を発表していますが、母乳・血液・毛髪のいずれも、ダイオキシンの濃度は他県や海外諸国と比較しても、むしろ低いくらいだったそうです。

実際に、所沢市の産業廃棄物の焼却量は、1984年は1日10トンだったのが、1990年には80トン、1992年には150トン、1996年には300トンと急激に増えています。上記の本の著者は、このデータを使って、(皮肉を込めて)所沢市の新生児死亡率を縦軸に、産業廃棄物の焼却量を横軸にグラフを書いていますが、そのグラフは「産業廃棄物の焼却量が増えるに従って新生児死亡率が減少する」ことを示しています。
 言うまでもなくこれは、
 
1.       所沢市の新生児の死亡率は、(医学の進歩などにより)年々減少した。
  2.      
所沢市の産業廃棄物の焼却量は、年々増加した。
という全然因果関係の無い二つの事象をグラフにしただけの、全くのジョークです。

 ところが、切ないことに、埼玉県のNGOがこれと似たことをやってしまって、これに全国のマスコミが乗せられ、挙句の果てに出来の悪い法律(「ダイオキシン類特別措置法」)まで作ってしまったというのが、当時の大騒動の「事の顛末」のようなのです。
 

 なお、厚生労働省の最新の調査によれば、ダイオキシンの摂取源は95%以上が食品で、日本ではその75%以上が魚類(西欧諸国では肉類)からとのことです。これは農業や牧畜に農薬を大量に使った結果、大地や海に農薬の残骸としてのダイオキシンが蓄積されていることに起因するもので、これを見ても、ゴミ焼却炉を犯人扱いにするのは「魔女裁判に等しい」とも言うべきでしょう。

 このように書くと、今度は食品のことが心配になります。なにせ「ダイオキシンはサリンの
2倍の毒性を持つ」と喧伝されているわけですから・・・。しかし、これも単なる「数字のお遊び」の類です。
 ダイオキシンの人間に対する毒性は、動物実験の結果から類推するしか方法がありませんが、その結果だけを見ると、確かにサリンと同じくらいの毒性を持つと言えるようです。ただし、理論的には人間に一度に大量(と言ってもμgの単位ですが)のダイオキシンを摂取させることはできますが、人間が自然な生活で摂取するダイオキシンの量は1日にせいぜい100pgですから、人間に一番近い動物であるサルの実験結果を使っても、だいたい2,500万日(ほぼ7万年)分の食事を1日に摂取しないと死亡しないという勘定になり、「人間は、自然な生活ではダイオキシン中毒で死亡する可能性は皆無である」と言うことになるようです。  

過去の騒ぎは嘘のように、最近ではマスコミもダイオキシンでは騒がなくなりましたが、「ダイオキシン類特別措置法」は厳として存在し、全国のゴミ焼却事業者(民間・地方自治体)に既存の焼却炉を建設費が高額(数百億円)の高温焼却炉に更新する負担を負わせています。これは、地方自治体においては全くの税金の無駄遣いであり、私は納税者の一人として容認できません。

 また、新型の高温焼却炉は建設に費用がかかるため、多くの市町村が共同で建設・運営せざるを得なく、そのため周辺の市町村からゴミを運ぶトラックが排気ガスを撒き散らして共同運営の焼却炉に集散するようになり、こちらのほうがダイオキシンより有害ではないかと揶揄されてもいるようです。                    (以上)


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