八甲田・奥入瀬紀行 椿 正明
■ きっかけ
もう12年も前になるが、1991年5月の連休に、山スキーの神保さんの案内で、日野原夫妻と八甲田にスキーに行った。スキーを担いで酸ヶ湯から登ったが、地獄沢の途中で道が分からなくなり、引き返したことがあった。どこでどう分からなくなったのか、雪のないときに行って解明したいと気に掛かっていた。また酸ヶ湯の混浴千人風呂にもう一度入るのも悪くないなと思っていた。そこで、奥入瀬と組合せた山旅を企画した。メンバーは私と、妻の偕子と、その友人松野初枝さんの3人。男1に女2、全員60歳以上。
はじめは10月11−13日の連休を考えていたが、宿がとれない、もう1年も前から予約が入っているとのことである。混んでいるとき出かけても、渋滞などに巻き込まれても楽しくないと言うことで、紅葉には早いけど9月25(夜行)−28日で出かけることにした。
■ 紀行
9月25日(木)
時間が無い中での旅行である。夜行バスで青森まで行く。東京駅八重洲南口21時30分発、JRバス「ラフォーレ」に乗り込む。面白い。夜行でもスキーのバスは、普通は通路1本をはさんで座席2列ずつなのに、通路2本で座席が3列になっている。リクライニングの角度も大きい。飛行機のエコノミーよりかなり楽だ。手製の座席枕を取り付ける。バスの中にトイレがあるので、サービスエリアで止まっても、それは運転手交代のためで、客は降ろさない。高速なので、たんたんと進む。日頃の疲れ、酒を飲んだこともあるが、普段よりも良く寝られた。JR夜行バスは悪くない。
9月26日(金)雨のち曇り
朝7時少し前に青森着。少し青空も見えるがほぼ曇り。急がない旅なので、ゆっくり朝食をとり、8時のJRバスの八甲田・十和田ゴールドラインで八甲田に向かう。約1時間でロープウエイ駅に着く。ロープウエイ頂上駅に着いたら、雨が強く降り出した。ガスもかなり濃く、直近しか見えない。それぞれ雨具をつけて出発。
私はスーパーの袋で作ったスパッツに、米の袋で作ったスカートをつけ、傘をさす。ザックは13キロ程度だが汗で中から濡れるのがいやで、よほど風が強いときでないとポンチョは着ない。スパッツは雨の日に鎌倉で履いて試し、少し改良しておいた研究中のものだ。他の2人は普通の雨具をつけ、さらに傘をさす。
↑上毛無岱付近、紅葉とスカート ↑ピントが悪いが
田茂萢(やち)岳(1324m)は巻いて、上毛無岱(たい)に向かう。霧の中だが、ななかまどと、ちんぐるまの紅葉があざやか。かえでは黄色のものが多い。確かにバス通りでは紅葉には早いが、この辺はむしろ今が見ごろ。期待していなかっただけに、女性たちは大喜び。上毛無岱に着くころには雨も止んで、草紅葉が一層きれい。岱とは湿原のことらしい。湿生高山植物保護のため木道となっているが、真新しい木の床の10畳くらいの休憩場所が作られていた。「屋根があると助かるのになあ」。間もなく下毛無岱に着く。ここにも木の床の休憩場所、12時少し前。雨もやんだし、紅葉もきれい、晴れてくる期待もあることから、予定変更してここで昼食にする。

↑休憩場所 ↑下毛無岱付近
ガスコンロでコッヘルにお湯を沸かす。メニューはフランスパンと偕子手製のカレーだ。カレーはポリエチの袋に入れてきたので、お湯につけて暖め、外側のお湯はコーヒーや紅茶にする。ときどき霧が晴れる。赤と黄色の紅葉がとど松などの緑に映えて美しい。晴れて日の光があればすばらしい景色に違いない。
木道から外れて歩いてはいけないので、少し戻ったりして景色を楽しんでから下った。スキーのときもこの辺を下ったはずだが、全く思い出せない。ただ、最後の酸ヶ湯の脇の急斜面だけは思い出せた。やはり、5mもの積雪だと別世界になってしまうのだろう。
宿について部屋に案内され、さて風呂に行こうと「貴重品を」とズボンのおしりを探ったら、何もない。昨日4万円補充した財布がないのだ。金はいいとしても、ゴールドの運転免許証が入っている。これを取り直すには大変な時間がかかる。取られたか、落としたか。俺は誰も狙わない人だ。これには自信がある。落としたのはどこだ。トイレだろう。夜行バスのトイレ、青森バスターミナル、ロープウエイ頂上、3回行った。
この年になると、大便の数が多くなって困る。若いときは1日1回で済んでたのに、5,6回行くときもある。大腸がんにならないためには、便秘よりはいいかなと思っているが、こんなトラブルがあるとは。腸壁が劣化して食物を分解して発生した炭酸ガスが吸収できず便とともに下ってきてボリュームが増える、しかも便の送りが遅くなって渋滞するのか、1回で出る量が少ない。頻便の仮説に薀蓄を傾けても仕方がないが、落ち着いて考えようとトイレに行った。
部屋に帰って、ともかく電話番号の分かるところにかけてみようと携帯を取り出したら、メールが入っている。しかし、携帯でメールを読んだことがない。あちこちボタンを押しても拒絶される。メールを片付けてからでないと携帯が使えないのだ。フロントの若手なら分かるかも。そこで解決。メールは会社の安田君からの、この際はどうでも良いような連絡。そこで八甲田ロープウエイに電話。結局、「ありません」。そのとき、偕子が部屋に帰ってくる。「ありました」。JRバスのトイレに。
偕子がバスのトイレがくさいとフロントから電話し、確認してくれたのだ。青森のJRバス事務所で預かっているという。「奥入瀬から八戸経由で帰るので、青森には行かない」といったら、JRバスで酸ヶ湯まで届けてくれるという。「こんなことはめったにありませんよ」とか。JRバスに借りを作った。16時ころのバスで届けられ、フロントから受け取ることができた。「ない」と気づいてから約2時間半のスピード解決でした。「おお」。
ほっとして千人風呂に入る。混浴だが、真ん中に「男はここまで」と言った意味の札が立っている。女性は5人くらいいたように思う。男は30人くらいか。湯は白濁しているし、タオルのカーテンをしているからどうと言うこともないが、男はこちら側にいるので、どうしても視線は反対側つまり女性側を見ることになる。男を見ると9割は女性をみているようだ。頭は黒いから50台くらい、裸にでもならなければ、30人の男の視線を集めることもない方々(失礼)のように見えたのだが。
10年以上経つと世の中は変わる。酸ヶ湯も千人風呂に女性専用時間を設けた。20時―21時と朝の8時―9時だ。話の種に是非入るよう2人に勧めた。とくにここの打たせ湯は良い。後で聞いたが、1時間限定なので、女性時間帯は大変混雑するという。旅行者は女性の方が多いご時世、そのうち男1時間にならないといいが。
夕食は10品以上の山・海の幸。ニュージランドやスイスと違って、日本はおいしい。金曜の夜であるが、大盛況である。これが温泉ビジネスの決め手なのかな、と思った。

↑酸ヶ湯の夕食 ↑酸ヶ湯の湯殿
10月27日(土)曇り時々晴れ
朝食は7時からなので、出発は8時とした。予定は、地獄沢→仙人岱→小岳→高田大岳→谷地温泉、ただし正明は仙人岱から大岳往復(90分)を入れるので、合計6時間50分のコース。山は普通5時から歩く。老人でしかも秋で日が短い。天候も曇り勝ち。時間管理がポイント。
25分歩いて5分休むのペースを作り始めたとき、後ろから地元の団体が登ってきた。聞くと、高田大岳の下りはひどい悪路という。「それなら大岳側に降りて酸ヶ湯からバスで谷地温泉に行く手もある」。そう偕子と話していたが、「それを松野さんにも伝えろ」という。「もう5分以上休んだ。ほかにもいろいろな案があるし、次の休憩のときに話そう、どう転んでも(大岳経由にしても、高田大岳経由にしても)仙人岱までは行くのだから」と言ったら、突然偕子が怒り出した。「今日の予定が全部決まらないと、私は歩けない。リーダーとして失格だ。私は帰る。谷地温泉で会いましょう」と言って下り始めた。よほど虫の居所が悪かったのか。松野さんは「偕子さーん、待ってー」と叫びながら下る。「僕の提案、そんなに理不尽かなあ」。しばらく考えていたが、そんなことになると今晩から気まずくなる。松野さんに悪い。ともかく一緒に登らなくては。そう思って、下っていく偕子を追いかける。かなり下ってやっと追いつく。「僕が悪かった」と取り敢えず取り繕って引き止め、また登り始める。
林の中を抜けて、硫黄の露頭になっている沢に出る。紅葉は盛りのようだが、目はうつろだ。「一体何がいけなかったのだろう」。考えるが分からない。やはり「女は不可解」。少し休んで、最後の一登りで仙人岱に到着。10人くらいの人が休んでいる。くぼ地にきれいな水が湧いている。木で囲って水をため、そこからあふれ出る水をコップで飲むようになっている。それがものすごくおいしい。4、5杯も飲んだだろうか。水ってこんなにおいしいものだったか。

↑仙人岱の水場 ↑仙人岱から大岳
そこでまた今日の予定を相談する。「今晩谷地に泊まるのならきついけど、やはり高田大岳のコースがいいのでは」という地元の方の声で、初めの予定にすることにし、そうなれば八甲田の最高峰、そして深田百名山の大岳(1585m)にと正明だけ空身で出かける。登り32分、霧がかかっていて見えないので頂上で5分ほど待っていたが、時間がない、仕方ないと下り始める。下りは登ってくる人を通したりしたが、20分程度、合計1時間弱で往復できた。ストック2本を使うと四足になるから、歩くとき脚にかかる荷重が1/3になる勘定だからだろう、かなり楽だ。
すぐ出発。小岳へ向かう。偕子は元気だ。どんどん先に行く。「これなら予定通り行けるかな」。小岳の上で昼食だ。酸ヶ湯でもらったおにぎりと、味噌汁、焼き魚、コーヒー・紅茶、きゅうりなど。大岳やその向こうの井戸岳、赤倉岳が見えるが、向かう高田大岳は霧の中。

↑小岳から井戸岳方面 ↑地獄谷付近の紅葉
小岳を高田大岳との鞍部へ向け下る。少し下ると道が水の通り道になっていて、深く掘れている。1m以上掘れているところもある。雨でないのが幸いだが、それでも昨日の雨でじめじめしている。我慢して歩いていたが、「これでは先が思いやられる、このルートはやはりわれわれには無理かもしれない。とくに偕子は下りに弱い。急坂やぬかるみに脚をとられて怪我をしたり、暗くなってやっとたどり着いても、悪い思い出になる。引き返すなら今だ」。そう思って、安全のためバックすることにした。
再び仙人岱の水場でおいしい水を飲んで、バスの時間を調べたら16時03分が最終だ。タクシーという手もあるが、大岳経由は大変だろうと、残念だが登ってきた道を下ることにした。「登ってきたときは気がつかなかったけど、紅葉がきれい」と言いながら、16時10分前に酸ヶ湯に到着。バスでゴールドラインの最高点傘松峠(1040m)の紅葉を見ながら谷地温泉に向かう。到着したのは16時30分をまわっていて、霧のせいもあるが薄暗かった。高田大岳から下ったら、いらいらしながらまだ奮闘していたかも知れない。
谷地温泉は「日本の秘湯」のひとつ。38度のぬるい湯と白濁したやや温かい湯が並んでいる。混浴だが、大きくないし、女性はもっぱら専用の方を使うようだ。酸ヶ湯に比べると、やはりかなり鄙びている。しかし、夕食はすごい。岩魚の姿造り、きりたんぽなべなど、珍味は14品くらいあったかも。でもやりすぎの感ありだ。

↑谷地温泉のご馳走 ↑谷地の湿原
10月28日(日)曇り
バスが9時過ぎしかないので、タクシーを呼び、奥入瀬の石ケ戸方面に向かう。結局、石ケ戸の少し上流の「阿修羅の流れ」付近で降りて歩き始める。ちょっと雨がぱらついたりするし、紅葉には1月早いので、人は多くないが、隣が道路でバスや車が頻繁に往来するので、自然を楽しむ雰囲気を壊される。水量が豊か、坂がきつくないので、車の少なかったころ、お天気で紅葉真っ盛りなら、すばらしかっただろうと思うが、もはや観光地でしかない。途中ガスコンロでお湯を沸かしてコーヒーなど飲んで休んだが、11時20分には十和田湖畔、子の口に到着した。ゆっくり十和田湖を眺めながら休んで、12時45分バスに乗り込み八戸に向かった。予定通り14時35分には新幹線の八戸西口に到着。14時55分発のはやて20号に乗り、18時08分東京着。いろいろあった八甲田・奥入瀬の旅も無事終了することができた。[2003.10.5]

↑奥入瀬にて ↑十和田湖、子の口付近
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