『 梅 』  小野田 祐子

          

 私の住処は墨田区にある。地図を見ると,墨田区は少し変な形をしている。(東京23区全ての地形を知っている訳ではないが。)北部にはあの金色のオブジェを掲げたアサヒビールのビルがそびえている。私の隠れ家は,墨田区の南端にあり、まるでデベソのように小さく江東区に突き出した位置にある。東京駅から5Kmという通勤には便利な場所ではあるが、決して高級住宅街ではない。ほんのり下町っぽい匂いが残っているし,スーパー,コンビニ,居酒屋,お好み焼き屋,焼き肉屋等が点在しており、サラリーマンの二人暮らしにはなかなか快適である。新旧のマンションに挟まれた昔ながらの家々には基本的には庭はない。道路に面した玄関先を目一杯利用して,小さな鉢植えやプランターが所狭しと置かれている。時々は公道にはみ出している不埒な鉢も見受けられるが,何が植えられているのかしらとの興味の方が先に立ち,あまり怒る気にならない。動植物の少ない都心にあって,自然にそういうものを捜す心根が湧いてくるのかもしれない。

 冬の間は,朝は寝ぼけ眼でよろよろしているし,夜はほろ酔いと寒さで周囲に気が向かないことが多いが、それでも、2月に入る頃になると、ふと吸い寄せられるものがある。梅である。愛すべき我が家のご近所さまには,りっぱな枝振りとか,みごとな古木といった豪勢なものはない。直径20Cm程度の鉢植えである。ところが,なぜかこれに心を奪われる。東京の2月は大変寒い。寒空の中で,梅は,もうしばらくしたら暖かくなるよ、と優しく告げているように思える。殊に,会社でいじめられて憂さ晴らしをした日の夜などは,鉢植えの前にしゃがみ込んで見つめていると,思わず抱きしめたくなる。(はた目には,ただの酔っぱらいにしか映らないかもしれない。)青空の元で梅林を散策するのは,もちろん,風流である。しかし、路地の片隅で小さな鉢植えの中で,しっかりつぼみをふくらませている梅も,これまた春である。顔を近づけ,目を寄せて花びらを見ていると,心が少しずつ和らいでくるのがわかる。ほれ、そこ行く野良猫よ。この梅をご覧。明日への気力が湧いてくるよ。あらま、興味がないの。しょーがないな。じゃ,おやすみ。そしてまた翌朝,相変わらず寝ぼけ眼で同じ道を通って,会社に向かうのである。

 すでに3月の下旬に入り、これからは桜の開花情報が喧しくなる。4月は入学や入社と新しい門出の清々しさがあふれ、桜もそれを祝うように競い咲く。それはそれで華やぎがあり、心浮き立つ。ただ、頭の片隅では,ほんのり桃色の梅の花びらが小さく揺れている。季節はこうして、少しずつオーバーラップしながら私たちを包み込んでくれているのかもしれない。       [99年3月]

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