
高嶋 宏尚
昭和42年、アサテンコウが、当時24歳だった増沢騎手を背に、雷鳴轟き、稲妻が光る中で波乱のダービーを勝利した時にすっかり競馬に魅せられてしまって、以来、真面目な(と、言うべきだろうか)競馬ファンを30年以上も努めている訳だが、一向に幸運の女神は振り向いてくれそうにもありません。そうこうしているうちに、また一人我が家で競馬マニア予備軍が誕生しつつあるのです。
中学2年生の愚息のことなのですが、2〜3年前からファミコンの「ダービー・スタリオン」にすっかりはまってしまっちゃいました。もとはといえば、小生がソフトを買ってきて遊んでいたのでしたが・・・。
自分で配合を考えて生産・育成したサラブレッドを走らせるゲームですから、血統はゲームの大きな要素になります。父親(私のことですが)の本棚からマニアックな血統の研究書やレースの記録書などをひっぱりだして一心に読んでいたりしています。「面白いのか」と訊ねれば、「かなり面白い。競馬はロマンだね」なんて生意気なことを言うようになっています。
息子が話しかけてくるのは専ら競馬に関することばかり。親子会話がないよりはマシかもしれないけれど、父親のことは「ダビスタ(ダービー・スタリオンのことです)仲間」ぐらいにしか思っていない様子です。顔を合わせると「シンザンとシンボリルドルフはどっちが強かったと思うか」だの「マルゼンスキーは3千メートルでも勝てたと思うか」だとか「インブリード(近親交配)とアウトブリードでは、どっちが有利か」などとかなり難儀なことを言ってくれるのです。「たまには因数分解のことなんかでも聞いたらどうなの」と言っても「勉強のことは学校でやっているからいいんだ」なんてうそぶいています。
学校の文集でも「将来の夢は、サラブレッドのオーナーブリーダーになること。そのためには莫大な金が必要だから”誰か金儲けの方法を教えてくれ!”」なんて無分別なことを書いているようです。
学期毎の試験も、息子の気持ちの中では三冠レースということになっているようです。期末試験は、1学期が皐月賞、2学期はダービー、3学期は菊花賞で、各学期の中間テストがトライアル・レースという位置付けのようなのです。「僕、皐月賞トライアルではダメだったけど、本番では着順掲示板(競馬場では6着までが掲示板に表示されます)に載ってみたい」なんて訳の分からぬことを言っています。その息子の菊花賞のことです。何の科目かは忘れてしまいましたが答案用紙に答えを書き終わってまだ時間があったのだそうです。あろうことか、答案用紙の裏面に昭和58年からの歴代のダービー馬の一覧表を作ってしまったのです。試験の成績はは勿論良くなかったけれど「ダービー馬一覧表」は満点だったようです。これには我が家の繁殖牝馬(家内のことです)もあきれて笑いだす始末です。
昨年の暮れにはこんなこともありました。中央競馬年納めの「有馬記念競走」のときです。例によって競馬新聞を睨んでいると、「お父さん、馬券は100円で買えるんでしょ。100円ならお小遣いがあるから僕も買いたい」と言い出しました。
いかに競馬に興味を持とうが、好きな馬がいようが、学生・未成年は馬券を買うことはできません。「応援したい気持ちは分からんでもないが、社会のルールを守ることこそ第一の努め。馬券は大人になってからにしなさい」と。その代わり、息子の予想を紙に書かせ、的中したら何かプレゼントをしてあげることにしました。それを聞きつけた小4の娘が、うまくすれば何かにありつけるかもしれない、と思ったのでしょう。「わたしもやりたい」と参加を申し出てきました。子供は公平に扱わざるをえません。娘がたどたどしい文字で書いてきた「たん えもしおん、わく 78」も受付けました(エモシオンという馬の単勝と、枠番連勝7−8の意味です)。当然のごとく、子供たちの予想は外れたので、余計な出費がなくて済んだ訳でしたが、調教師(私のことです)もなかなか大変です。
こんな調子なので、昨今は競走馬のことやレース結果などの記憶も息子に適わなくなりそうになってきています。競馬ファンの血が遺伝するかどうかはともかく、生まれてまだ目も見えない息子を抱き上げて、テレビの中継に「お馬さんが走っているよ」なんてやっていたり、まだオムツも取れていない頃から「男どうし、勝負に行くぞ!」なんて、毎週後楽園に馬券を買いに連れて行ってたり(父親に抱かれた息子の手に窓口のオバサンが握らせてくれたアメ玉1個だけがその日の配当、ということが何度もありました)、家のあちこちにサラブレッドの血統や育成、競走成績などの本が散らばっているなど、育成環境は十分なのでしょうから息子の今日の様子も故なしとしないと、と苦笑いしているところなのです。
(1999.4.7.)