[シリーズ投稿・枚方通信
(その23)  

 心臓カテーテル手術体験記       丸中 正量


 はじめに
 

ながらく高血圧と頻脈性の不整脈を患い、このため67年来、薬物治療を続けてきた。これまで断続的だった頻脈が加齢とともに一日中続くようになってきたため、主治医の強い勧めもあり、この度、思い切って心臓のカテーテル手術を受けることにした。

年が押し迫った去る128日(金)、紹介を受けた京都大学付属病院に入院し、12日(火)に手術、翌々日の14日(木)にはもう退院した。執刀医の予告の通りの丁度1週間の短期入院で、術後の養生も特になく、すぐ元の普段の生活に戻った次第。そのスピード感と壮快さはすさまじいの一言につきる。

 私の不整脈の病状と薬物治療 
  

 ヒトの安静時の脈拍は毎分6070拍程度で、60/分以下を徐脈100/分以上を頻脈という。私の場合は<頻脈性不整脈>である。頻脈性不整脈は、心臓の部位によって心室細動と心房細動(または心房粗動)に大別されるが、私の場合は、長年、心臓が強い心拍に欠けワナワナと震える<心房細動>だったのが、最近(ここ1年ぐらいだろうか)、力強い心拍はあるが脈拍が飛んでしまうこともある不規則な心拍の<心房粗動>をあわせ持つと指摘された。

心室細動は血液を肺や全身へ送り出せなくなるため重症のようで、0211月にスカットのプレイ中突然亡くなった高円宮の例のように、命への直截的危険が高い。心房細動は突然死の危険は少ないが、043月に脳梗塞になった長嶋茂雄元監督の例のように、軟弱な心拍の故に心房内の血液の淀みが血栓となり、これが心臓や脳の血管に飛んで心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすことが怖く、むしろこの副次作用の予防が治療の重要な眼目となる。このため、脈の乱れを整える抗不整脈治療剤(商品名:サンリズム)の他、血液をさらさらにする抗血液凝固(血栓防止)剤(商品名:ワーファリン)を服用している。

 健康体の一日の脈拍数は約10万拍といわれるが、私の場合は15万拍ぐらいだろうか。この心臓への負担感のため、通常、動悸、めまい、失神、胸部違和感、息切れ、胸痛などの症状が出る症候性不整脈が多いが、私の場合は幸い(?)無症状である。このため、日常生活に余り痛痒を感じることなく過ごしてきた。
 
 心房細動と心房粗動

不整脈には多種あるが、私が心房細動と心房粗動を併せ持つとは思いもよらなかった。昨年の夏場以降は、毎月の定期健診時に必ず心電図をとられ、いつも心房粗動が出ていることを指摘された。心房細動と粗動の違いを断片的には教わったかも知れないが、結局は、手術後このレポートを書く段になって書籍やインターネットで後追いの学習をする始末だ。下表は、主に「札幌厚生病院」のホームページからの情報を心臓のイラストと共に借用してまとめたものである。

心房細動の心臓

心房細動とは

心房粗動の心臓

心房粗動とは

黄色の環がマクロリエントリー

 

正常な<右心房>は、<同結節>という心臓の司令塔(ペースメーカー)の1分間に50100の電気信号に応じて規則正しく拍動(拡張・収縮)する。

≪心房細動≫は、左図のように、心房内の種々の場所で無秩序な電気の回路(何故か皆時計回り)が発生しており、この電気にかき乱された心房の筋肉が1分間に300500回と正常の5倍にも不規則に細かく震える。(震えるのみで収縮しない)

 

右房内で反時計周りの興奮旋回

≪心房粗動》は心房細動に似ているが、心房細動との違いは心房の震え方は毎分250400回だが、比較的規則的で、心房と心室の中継所である房室結節で一定の割合で電気的興奮が間引きされ、心房から21323141などの一定の比率で規則的に心室に伝えられるので、頻脈だが比較的規則正しいリズムで収縮する

≪心房粗動≫の原因は、左図のように、右房内で時計と反対回りの興奮旋回だと考えられている。私の場合は、右心房と右心室の間を隔てる「三尖弁」の周りをめぐる回路が原因だったと手術後知らされた。

心臓の4室と血液の流れ

全身を経て戻ってきた炭酸ガスを含んだ汚れた血液は大静脈<右心房><右心室>肺へと流れ、また肺から戻った新鮮な血が<左心房><左心室>大動脈へと全身に流れる。

心臓の4つの心臓弁(弁尖)べんせん

右心房と右心室の間の弁を「三尖弁 さんせんべん、右心室と肺へ血液を送る血管との間の弁を「肺動脈弁」、左心房と左心室の間の弁を 「僧帽弁」、左心室から全身へ血液 を送る血管との間の弁を「大動脈弁」と言う。血液の逆流を防ぐ構造になっている。

右心房と右心室の役割

<右心房>は、全身から戻ってきた汚れた血を<右心室>へ渡す控え室、<右心室>は血液を肺へ送り出すポンプ

 

 

 

 

心電図

正常洞調律

心房細動

心房粗動

心房は毎分50100回の規則的な興奮

心房は毎分300500回の不規則な興奮

心房は毎分250400回の規則的な興奮

心室は規則的な心房波に1対1に対応して規則的に興奮

心室も心房細動波の何割かが伝わり不規則に興奮

心室には心房粗動波が一定の比率が伝わり比較的規則的に興奮

正常洞調律(リズム)の心電図

心房細動の心電図波形

心房粗動の心電図波形

矢印は規則的な心房波、印は心房波と1対1に対応した規則的な心室の興奮

矢印は細かく不規則な心房細動波、印は不規則な心室の興奮

矢印は規則的な「のこぎりの歯」の様な心房粗動波、印はほぼ規則的な心室の興奮

心臓カテーテル手術のすすめ

毎月1回、近所( 大阪府枚方市 )の病院で定期健診を受けているが、昨年(06年)8月、突然主治医からカテーテル・アブレーション(catheter ablation )という手術を勧められた。不整脈の原因になっている心筋の組織(異常興奮発生部位、異常興奮旋回路・伝導路)をカテーテル(細い管)を用いて高周波電流でピンポイントに焼灼(ショウシャク、凝固壊死せしめる)して不整脈を根治する治療法である。

「あなたのこれまで断続的だった頻脈が常態化してきた。加齢による悪化と思われ、これまでの薬物治療だけでは最早限界か」と言われた。薬物治療は対処療法に過ぎず、カテーテル・アブレーションは画期的な根治治療と言うのだ。この勧めを受け、私としては、依然として頻脈の自覚症状がなく、従って日常生活になんら支障を感じていない持病に、心臓を触るというリスクまで冒す必要はないと思った。先生のアドバイスを聞き流して3ヶ月経過する中、温和な主治医が、健診の都度3回も「心房粗動のカテーテル手術の成功率は95%。成功すれば以後薬の服用が不要になる可能性あり」と繰り返された。

また昨年、秋口のボーイスカウトの活動の最中にショックを受けたことが二つあった。先ず、9月末の淀川沿いのサイクリング。片道15km、それもアップダウンのない河川敷道路のサイクリングにもかかわらず、小学校低学年のスカウトのピッチに随いて行けず、5kmも行かない時点でリタイアし、バックアップ用に用意した車にただ一人拾われた。また、11月のハイキングでこれまたみんなのピッチに随いて行けず、上り坂の途中で何度も一人休憩を取りながらやっと目的地に着いたことも、30年近いボーイスカウト活動で初めての経験で、内心少なからずショックを受けた。

不整脈は命をとらぬものなれど 老齢劣化がわれを撃つ

家人の後押しもあったが、結局、「薬の服用がなくなる(かも)」という説得に心が揺らいだ。薬嫌いの上に薬で痛い目にも遭っている。046月、胃からの出血多量に気がつかず失神して救急車での入院騒ぎを起こしたことがある。皮肉にも、血栓防止のために服用している血液の抗凝固剤のワーファリンの効果で、出血したら血が止まり難いという副作用のせいだった。また、納豆のビタミンKがこのワーファリングの効果を減殺するので食べないようにというおまけつきである。薬嫌いの身に、「薬は無用」以上の甘言は要らなかった。

S病院の主治医M・N先生は京大病院からの派遣医でもあり、早速、京大病院のK・N先生への紹介状を書いてもらった。こうした紹介ルートをとることは、世に言うセカンドオピニオンを上手に使うことに繋がるのではないかと内心思った。

 京都大学付属病院の受診  

11月末に、京大病院の外来に掛かった。生まれて初めて訪れた京大病院の敷地と建物、医療の研究から教育まで含む多・高機能性とそこに関係する人口〜その規模にまずたまげた。民間病院しか罹ったことも見たこともない身には比較材料を持ち合わせないが、先ず日本一恵まれた環境ではなかろうか。(診療科目:33、約1182ベッド、入院:996/日、外来:医療従事者:2096(医師612、歯医24、他は不詳))この、いわば京大病院シティーの昼間人口は1万人をくだるまい。

古い大学病院の外来棟だけは、H12年に新築したという。中心部が4階まで吹き抜けになっており、太陽光を取り入れた明るい病院は、まず暗い古めかしい病院のイメージを払拭し、最新のショッピング・モールのようだ。診察室や 検査 室がロの字型に有機的に配置され、病院到着と同時に作った診察カードと連動した受診専用のPHS(携帯端末)が、院内の待合、 検査 室等関連室、診察室と順次移動場所を振動、音、光で知らせてくれる。院の外の散歩や院内の喫茶店での待機もできるので、診療待ちの苦痛が軽減されるというものだ。

K・N先生は、私の場合、心房粗動の手術は成功の可能性が95%、心房細動の方は50%であることを告げ、ます粗動の方から手をつけて細動の方は様子を見たいと提案された。あくまで患者の選択権を強調され、細動が残れば薬はなくならないのではと一瞬はたじろいだが、結局、先生に任せるほか選択の余地はなかった。その場で電話で12月の手術台の空きが2日しかないことを確認され、予約を促されたので、早い方の128日をお願いした。

 入院と病室  

128日(金)、三男に半日休暇を取って貰い、入院生活用品を詰めたトランク、本類を入れたリュック、パソコンの3個口と共に入院した。東西南北に独立して立っている4病棟の内、北病棟は8階建、その5階にある、循環器内科と腎臓内科共用、合計65床の病棟だ。まだ10時前だったせいか、予定のベッドの先住人のチェックアウトがまだ済んでおらず、看護師さんの機転で、代わりに別の4人部屋で空いたばかりのベッドに案内された。何と、幸運にも窓側のベッドだった。あとでわかったことは、L字型の2ウィングに分かれている病棟の、南北に伸びるウィング側で、廊下を挟み2列に並んでいる東側の列の4人部屋、その窓側に当たったのだ。遠景に比叡山、そして東山連峰と大文字山、近くに吉田山、銀閣寺らしいお寺まで望める、願ってもない病室とベッドだった。

東山トレイルと言い、伏見稲荷神社を出発点に稲荷山→東山トンネル→清水山→将軍塚→蹴上げまでの尾根伝いから住宅地を挟むルートや、山科から大文字山に登って、銀閣寺、京大を経て出町柳に着くハイキングは、わが枚方5団のスカウトたちも慣れたコースである。

病室の窓より望む大文字 掻き傷癒えて錦に包まる 30JR稲荷9:10→→伏見

同室の窓側のもう一つのベッドのYさんは、動脈瘤で入院され8月に退院の積りが、血管関連の問題が相次ぎ、退院が12月に延びたと仰言る。共に60年以上も市内に住んでおられるという奥さんが、毎日朝から夕方までベッドサイドに付き添われている。丸い京都弁の会話がそれとなく洩れ聞こえ、心が和む。病院事情に詳しく、心細い新米入所者に種々ガイド役を務めて下さった。入院中の子供たちのための院内学級や半端でない図書コーナーのあるフロアにも案内していただいた。

私と同じ日に同室に入院して来られたNさんは、京大系といわれる大阪のK病院からの紹介患者で、狭心症の血管拡張とステンドグラフトの挿入か、3回目のカテーテル手術と言う。私の手術日(12日)の前日(11日)がご本人の手術日。「カテーテル手術は2時間位だが、術後の内出血防止のため8時間位病室のベッドに固定されるのが、寝返りも許されずシンドイ」。私に向かって、「あんたん(不整脈)は一番、楽や。なんも心配要らん」。声の大きい方で、カーテンで仕切られてはいるが一挙一動がよく分かり、お陰でこちらは手術に向けてのシミュレーションが出来て、有難かった。手術直前の導尿措置の際は、看護師に向かって「女性の出産に比べれば、この痛さは問題でない」と叫ばれた。

心臓系と腎臓系患者の共用の病室は、病室の外に張ってある名札の色で識別できる。65床中赤い名札の腎臓の患者は20人位だろうか。あとは黒い名札の心臓系で、ほとんどが男性、平均年齢70歳代。私の4人部屋も、1人の腎臓系を除き後は心臓系。同じカテーテル手術だが、病名も担当医も夫々異なり、私より複雑な治療を重ねられているカテ-テル手術の先輩格だった。浴室で知り合った多くの人たちも、京大系と言われる関西の病院から紹介された患者が多いと見受けた。自然の成り行きで患者同士の情報交換がされると互いの事情も飲み込め、直ぐ病友になる。手術への悲壮感が消えてなくなる。

 閑話休題

 入院した8日(金)の翌日は丁度週末に当たり、9日(土)正午から10日(日)正午までの丸一日、外出・外泊が許された。これ幸いとばかり、枚方教会の主日のミサに与った。まさか外泊が許されるとは思ってもみなかったので、カトリックの信徒として、主の癒しの力を願い、病苦からの回復と強い信仰の恵みを願う「病者の塗油」という秘跡を、平日ではあるが入院の前日、7日(木)のミサ中に授かっていた。

 検査

 手術の前日の11日(月)午前は、「頚動脈エコー」。超音波を使って首の動脈の内部の 検査 。特に脳塞栓の元になるブラークが出来ていないかを慎重に 検査 するもののようだ。撮影20分、問題なし。午後から、絶食で「経食道心エコー」。どこからよりも至近の食道から心臓をまともに撮る、又、胃カメラのような直接法でなく超音波による間接法は、良いに決まっていようが、私の苦手な胃カメラより太めのものを飲む。私にとっては責め地獄。直前の喉の麻酔を含めて30分で終わって助かった。もう5分ももたない、考えてみれば、後の手術を含めて今回一番の受難劇であった。

夕方の入浴前、N看護師に脚の付け根からのカテーテル挿入のための下腹部の剃毛を告げられた。彼女は、岐阜から一人で出てきて京大医療短大で看護師になり、そのまま京大病院に入職して2年目。生活費が決して安くない京都で寮付きの病院は助かると言う、けなげなしっかりもんだ。患者には優しいが媚ず、分け隔てがない。その一番若いと思しき彼女に当たらせるのは申し訳なかった。

鼠蹊部(そけいぶ)の毛を剃り落とす看護婦の 多弁に乗じわれは救わる

 手術

 手術当日の12日(火)。深夜2時に小用で目覚めた。用済み後我慢していたら、5時までまどろんだ。いつもの朝祷のあと、特別に晴佐久神父の説教集「希望はここにある」から「このミサを病気の方々に捧げます」を選んで、声を出して読んだ。苦しみの意味と苦しみを超えた喜びを説く、神父の声を聴いた。

8時、病院の紙の寝巻きとT字帯に着替える。点滴開始。9時、4人の看護師さんによりベッドからストレッチャーに移される。このとき、同日10時に退院のYさんの奥さんの激励の言葉と見送りを受け、手術室のある中央診療施設棟へ出発した。いつ乗ったか記憶にないジェットコースターのようであり、天井と蛍光灯が後へ吹っ飛んでいく。

手術室に入ると、手術衣を着た若者が78名見え、みんなこちらを見ている。何故か、こちらの視界が狭められ、自分もぜひ見たいと願っていたモニター類と画像は一切見えない。バスケットボール場に半円形に並んだ選手達が、ボール(私)をスッポンポンの裸にして、高い位置にあるバスケット(篭、ゴールが手術台)に向かってシュートした。〜麻酔をかけられる前から夢を見ている!? 実際は、カテーテルを挿入する脚の付け根と首の付け根の2箇所の局所麻酔のみのはずだが??。真っ先に、背中に大きな電極版を貼り付けられた。

主将のK・N先生の合図でゲームが始まった。副将のK・H先生と思しき首筋担当が、「(カテーテルが)つかえて中に入りません」。何度も同じセリフを繰り返すと、

主将、「ではやり直せ(初めから突き直せ)」。オイ、オイ、ヒトの体をなんと心得ているんだ、腕前は大丈夫か、練習じゃないんだぞ。いつのまにやら、自分のイビキが聞こえる。麻酔ならぬ眠剤が点滴から入れられているせいだ。痛くも痒くもないが、メスの先端を高周波の5060度ぐらいの温度で焼灼する時らしい、膨らんだ胸が押さえつけられるような胸糞悪さを感じる。一度、バーンという音で目が覚めた。カテーテルが電子レンジの中ではじけたらしい。「丸中さん、大丈夫? 気分は? もう終わりましたよ」で完全に目が覚めた。正味約1時間強の手術が終了していた。

手術室から出てこられたK・N先生は、外で待っていた家人に「手術は成功しました。明後日退院です」と言われたそうだ。カテーテルを挿入した箇所からの出血を防止するため、病室のベッドの上で足を曲げずに固定して仰向けのまま安静にするよう言い渡された時間は2時間程度だったろうか。その間、その日の第一食目となる昼食を家人の介添えで仰向けに寝たまま食べた。まもなく、ベッドから離れることも許された。

15時、副官のK・H先生の回診。その際、心臓エコーだろうか大掛かりの測定器を持参されて、手術結果の心臓の異常がないかを確認された。「丸中さんの不整脈の原因は、右心房と右心室の間の<三尖弁>の周りをぐるぐると回っていた電気回路。それに勘違いした心房が呼応して痙攣を起こしていたわけ。その電気の伝送路を低温で焼き切ったよ。5060度で心筋にやけどの筋をつけて断ち切った次第」〜バスケットならぬラグビーの選手のようなH先生の豪放な説明に頷きながらも、体内で人知れず営まれている宇宙の神秘を感じた。翌日からシャワー、翌々日から入浴の許可が出た。

ホームページの先生方のプロフィールの卒業年次(基準を24歳と置いた)から計算すると、主将のK・N先生35歳、副将のK・H先生26歳、あとは皆さん20代の、極端に若いオペチームだったようだ。このようなオペチームが何チームもあるようであり、また、看護師や 検査 技師その他のスタッフも含め、京大病院の人材の分厚さを実感した。

また、カテーテル手術が、開胸や開腹手術のような患者にも多大な身体的負担をかける外科手術でなく、循環内科で行われる、患者に余り負担をかけない内科的な 検査 、治療、手術であり、それだけに分安全性と効率性が期待できる新しい治療法であることにも驚いた。

 退院

 14日(木)、入院から1週間目、手術から2日目の退院である。退院に先立ち、キャプテンのK・N先生の総評を受けた。「心房粗動は、計画通り完全に取れました。今回手をつけなかった心房細動は、元の病院(枚方のS病院)に戻って様子を診てもらってください」と言われ、私の<三尖弁>の周りを電送回路が取り囲んでいるモニター・シート、時間差をカラーグラデュエーションで表現したものを記念にいただいた。

心房細動に慎重なのは、理由を聞かなかったが、その異常信号の発生源を一元的に捕捉することが複雑で、カテーテル手術に時間とリスクが嵩じるためだろうと思う。命を取られない、通常の生活ができる程度だったらうまく付き合っていけ、限度を超える場合はコスト(費用×時間×リスク)と相談しろ、と解しよう。

病棟で請求書を貰って辞去した。外来棟の自動精算機でカード払いにすると、1分もかからなかった。150万強の請求額、3割負担につき45万の自己負担だが、高額療養費制度を利用すれば最終の自己負担額は710万で済むことになる。

 私の術前、術後

12月末のS病院の主治医、M・N先生の月1回の定期健診時に、今回の手術結果を評価して貰った。その際とった最新の心電図にはいつもの不規則な波形が全くなく、私の不整脈のうち心房細動は完全に取れたと言える。その時点での心房細動のワナワナの震えも見当たらないが、これは、厳密には、今後いつ出るか出ないか分からないというのが正しかろう。
 かくして、当初期待した「薬無用」はまだ実現していないながら、気分は完治だ。不整脈に自覚症状が全くなかったといいながら、術後のこの爽快感はなんだろう。よっぽど鈍感なのか、慣れきってしまってその異常さに気がつかなかったか。とにもかくにも気分は爽快、この上の期待は心房細動もカテーテル手術の結果消滅したと証明できる日が来ることだ。そしてまた、後顧の憂いなく、次世代へのお役立ちと念願のスペイン横断・サンティアゴ巡礼に始動したいと念じている。(
06.12.30記)

・心臓の蘇(よみがえ)りをば感じつつ 想いを込めた新年開く


 投稿広場・表紙へ