「生む機械」発言 黒木 靖生
2月初旬、柳澤厚生労働大臣の「女性は産む機械」発言が大きな政治問題となり、国会野党の審議拒否にも発展しました。私は、このことを新聞やテレビのニュースで知った時、柳澤大臣が、なぜ「生む機械」という「一般の人がほとんど思いつかないような表現をしたのだろう」と興味を持ちました。そこで、インターネットで、柳澤大臣がこのような発言をした状況を調べてみました。
私の調べたところでは、柳澤大臣は1月27日、
『では、人口の現況はどうか。平成17年の国勢調査を受けて、18年に年金の人口統計をやるわけです。(中略)
特に、2030年に例えば30歳になる人を考えると、今7、8歳になってなきゃいけない。生まれちゃってるんですよ、もう。
あとは、「生む機械」と言っちゃ何だけど「装置の数」が決まっちゃったことになると、「機械」と言っちゃ申し訳ないんだけど、「機械」と言ってごめんなさいね、あとは生む役目の人が一人頭で頑張ってもらうしかない。
2030年はもう勝負は決まっている、とよく役人に言われるんです。』
私は、何故このような問題発言をしたかの秘密を解く鍵は、上の発言の最初の「年金の人口統計」と、最後の「よく役人に言われる」にあると思います。柳澤大臣が18年の年金の人口統計の結果のレクチャーを厚労省の役人から受けた際、役人が出産可能な女性の人口を「装置の数」と表現したのではないかと想像します。大臣も、問題発言に関して野党の女性国会議員の抗議を受けた時に、「人口統計学の表現が分かりやすいと思って使った」と弁解しています。しかし、失礼ながら大臣に「人口統計学」の専門知識があるとは思えませんから、その表現は役人の言葉をそのまま使ったと理解するのが自然でしょう。
大臣自身も、役人のレクチャーを聞いたとき、「生む機械」とか「装置」と言う表現には違和感を覚えたのでしょう。そのため、「生む機械」とか「装置」という言葉を使うのに忸怩とする感覚があり、それ
私は、柳澤大臣のこのような発言は、仮に役人の言葉をそのまま使ったにしても、表現の妥当性の範囲を逸脱しており、決して看過できるものではないと思います。また、出産することができるのは確かに女性ですが、女性だけが頑張っても人口が増えるわけではなく、問題の捉え方が全く妥当でない(狭すぎる)のも確かです。しかし一方で、野党の審議拒否も、間近に迫っていた愛知県知事と北九州市長の選挙において浮動票を獲得するための戦術として使われたとしか思えません。
柳澤大臣は、このあとも、2月6日の閣議後の記者会見で「若い人たちは結婚したい、子供を2人以上持ちたいという極めて健全な状況にいる」と発言し、また国会で野党女性議員の詰問を受けています。しかし、前回の「生む機械」発言では何回も陳謝した大臣も、この発言には「問題がない」と突っぱねています。野党の女性議員の問題認識は、あのような発言は「子供を生まないと考えている人、あるいは生めない人に対する配慮を欠いている」というものですが、こういう中立性という観点に拘るなら「政府の少子化対策」すら問題となるでしょう。
最近の国政の議論は、とかく「片言隻句」にとらわれ、大きな議論が欠けているように思えます。「少子化問題」は全く焦眉かつ息の長い課題ですから、言葉尻をとらえた議論ではなく、もっと腰を据えた本質的な議論を急がなければならないと思います。
(以上)
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