リクルートのDNA
    黒木 靖生


 私はかねて、リクルート社の出身者に、社外に出て経営者として活躍する人が多いことに注目していました。例えば、NTTドコモのiモードで有名な松永真理氏、杉並区立和田中学校の校長に公募で転じた藤原和博氏はリクルート社の出身として知られていますし、USEN社社長でライブドア社の株を問題発覚後に個人で大量に購入して話題となった宇野康秀氏もリクルート社出身です。

 ある業界に多くの経営者を送り込んでいる例としては、情報産業界における日本IBM社が有名です。かっては、日本オラクル社、SAPジャパン社、日本ヒューレット・パッカード社を始めとして、外資系のコンピュータ・ハードおよびソフト・ベンダーのほとんどの社長が日本IBM社の出身者で占められるという時期がありましたが、彼らの多くが例えゼロから会社を興したとしても、販売すべき商品は海外で一定の評価を得ていたものであったのに比べ、リクルート社出身者の場合は、販売すべき商品もゼロから創り上げたという、いわゆる「ベンチャー」の色彩を濃厚に持っていることが、違いとして大きいと思います。

 そのような興味をずっと持っていたのですが、最近になって(と言っても今年の3月に)リクルート社の創業者である江副浩正氏が「リクルートのDNA 起業家精神とは何か(角川新書)」という書名の本を出版されましたので、早速購入して読んでみました。

この本は、

第一章                     企業風土について

第二章                     私が学んだ名起業家の一言

第三章                     成功する起業家の条件

第四章                     リクルート創業期

第五章                     生き生きと働く風土

第六章                     情報誌の領域を広げる戦略

第七章                     領域の過大な拡大

第八章                     早過ぎた新規事業の立ち上げ

の各章から構成されていて、私が一番面白かったのは第四章でした。江副氏は、大学生時代に東京大学新聞に掲載する企業広告のスポンサー獲得のアルバイトをしていたのですが、その収入が年に50万円ほどあった(当時の大卒サラリーマンの初任給が1万2千円前後)そうです。江副氏は昭和35年3月に大学卒業を迎えるのですが、就職すると収入が1/3以上に減少するのと、それまで築き上げてきた取引先企業との関係も捨てがたく、江副氏は、就職するのではなく、東京大学新聞の広告代理業で社会人生活をスタートしました。

 昭和35年と言えばいわゆる「60年安保」、私は田舎の高校2年生でデモには無縁の生活でしたが、新聞・ラジオを通して知る世の中はずいぶん騒然としていたと思います。しかし、江副氏は「就職ではなく自立(起業)」の道を選んだのは、『単に「お金」と「自由」が欲しかっただけ』と書いています。江副氏は起業後まもなく、北は北大・小樽商大、南は九大・鹿児島大学など40数校の大学新聞と広告代理店の専属契約を結び、数人のアルバイト(のちに一緒に会社を興す仲間となる)を使って、年に100万円ほどの利益を上げたそうです。

 昭和36年、江副氏はアメリカ留学中の大学の先輩から送られてきた『就職紹介ガイドブック“キャリア”』を見て、自分たちもこのような雑誌を作りたいと思い立ち、大学新聞と違って自ら出版するわけですから資金調達面には大いに苦労することになりましたが、のるかそるかの大勝負をかけて日本初の大学生向け就職情報誌『企業への招待(のちに「リクルートブック」と改題)』の発行に漕ぎ付けます。キッカケは「アメリカの真似」だったのが面白いところです(もちろん江副氏たちも独自の工夫を積み重ねています)が、この就職情報誌は学生と企業の双方に好評を博し(結果として大いに利益を上げ)、その後、江副氏たちはこの就職情報誌を核に、情報誌の多角展開を進め、企業を拡大発展させて行きます。

 また、私が感銘を受けたのは、第五章の「生き生きと働く風土」で、その中でも特に『遺族年金制度』です。これは、リクルート社の社員が亡くなった場合、その社員の子供が大学を卒業するまで、その社員の同期生と同じ年俸を年金として支給する制度で、昭和59年に設けられています。この制度は、もちろんリクルート社が高業績を上げている(平成19年3月期で連結売上高7,569億73百万円、連結経常利益1,614億69百万円)からできるものですが、なかなか珍しい、そして社員にとっては安心して働ける制度であると思います。

 また、同じく第五章の中で『リクルートファーム』が紹介されています。これは、都会で働く人たちにはときどき自然や動物に触れてもらうことが大切であるとの思いを実現するため、創業10年目に鹿児島県に、その6年後に岩手県に農・牧場を開き、新入社員には内定段階で4日間のテント生活を体験してもらい、また入社後も数年に1回程度キャンプ(農作業)を体験してもらっているとのことです。

 この他にも、第五章には、社員が生き生きと働くためのリクルート社のさまざまな制度(慣習)が紹介されています。これらの多くは、大学のサークル活動のお祭りのような単純なものです。しかし、これらの活動がリクルート社を大きく逞しく育てて来ているのは事実です。

私は、企業が成長・発展する秘訣は、社員に『その会社を本当に好きになってもらう』ことであると思います。会社が好きであれば、多少の苦労はいとわず仕事に没頭し、その仕事を仕上げることで『達成感』を得て、それがまた次の仕事に対するエネルギーとなり、このサイクルを繰り返すことで社員も会社も成長・発展して行きます。

 もちろん、中には失敗することもありますが、その失敗を上司が引き取り、個人の責任にしないことも重要です。リクルート社には『起業はボトムアップ、撤退はトップダウン』という言葉があるそうです。もちろん無責任を認めてはいけませんが、このように失敗をとがめず再チャレンジを奨励する風土があれば、個人もますます会社を好きになり、かつ強く成長して行くことができると思います。

 この本を読んで感じたことは、第一に、リクルート社が発展した秘訣は、同社には『自由闊達な精神があふれている』からだということ。そして第二に、この本の第一章「企業風土について」にリクルート社の“経営理念とモットー”が示されていますが、その中の第9項『自分のために学び働く・・・遊・学・働の合一を理想とする』が、その自由闊達な精神の根源であるということ。この二つに集約されます。
                                          (以上)

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