[シリーズ投稿・枚方通信(その25)]
はじめに
表記のホームページ(以下、当HPと略す)の創設は確か‘99年4月だったから、この‘07年7月がちょうど100回目に当たる。創設以来8年4ヵ月、即ち<100ヵ月>という《長さ》、その間のアクセスが<3万3千件>という《深さ》はいずれも特筆に相応しいものであり、心からの敬意と祝意を申し上げたい。
同好の士が集まった「経営と情報通信」研究会においては、その同人誌的な意味合いの「年報」を冊子型の印刷物として発行していた時期が10年くらいあった。その時は、私も編集・発行のメンバーだった。そのやり方を、会員等からのオンライン投稿、HPに編集してのネット開示に切り替え、一気に月刊にしようと辻さんが言い出した。その時は、私もうまく行くのか訝る気持の方が強かったが、それが100ケ月続いて今に至ったのだから、「インターネット時代に即応した、見事な決断と実行だった」と言う以外の言葉を思い当たらない。最初の内は投稿数も読者によるアクセスも低空飛行で不安だったが、アクセス件数が1万件を超えた(‘03年3月、創設から4年経った時期)辺りで順行軌道に乗ったと確信できて嬉しかったのを懐かしく記憶している。
当HPと私
‘90年に東京から大阪・枚方に転勤で舞い戻り、研究会とは疎遠になっていた私に辻さんから声が掛かり、‘02年3月からローカル乃至プライベートなレポート「枚方通信」を投稿させていただいている。当初は隔月位には投稿する積りだったが、段々間遠くなってきている。それでも今回25回目を数え、マイHPを持たない身には又とない情報発信のチャネルとなっている。主として大阪・枚方、神戸の友人・知人に読んでもらっているが、「お前のレポートは長たらしい、要点に絞って簡潔に書け」と評判は芳しくない。確かに私の体力のためにも投稿スタイルを変えないとこれ以上長続きしないと自覚し始めている。
近況報告
1.
母のこと
91歳の母が寝たきりになって3年目、今年5月、要介護度の再審査を受け、従前の<要介護3>(中等度の介護)から<要介護4>(重度の介護)へとランクアップした。家の中も車椅子での移動を余儀なくされたため、部屋と廊下の段差解消や車椅子のまま洗面ができる設備への切り替え工事を施したが、概ね恙無く平穏に過ごし、週3回のデイケア(通所介護施設)で風呂に入れてもらうのを何よりの楽しみとしている。長続きする介護体制維持のためには、ショートステイ(短期宿泊・入所)も利用して主任介護人(家人)にもう少し休養を配慮せねばと考えている。
2.
ボーイスカウト活動
昨年の
3.
大学同窓会
S37年神戸大入学の同期生(当時7学部で約1000名)が卒業後5年毎に全国区の同窓会を開催している。今年も卒後45周年に当たり、9月29日に記念同窓会を開催する。卒後に他の大学と合併して新設なった海事学部・農学部を加えると、9学部1200名が対象となるが、400名の参加を目標としている。
4.
各種メーリングリスト
前項の大学同窓会ほか、前職の会社の同期会、教会系など5つのメーリングリスト(またはこれに準じたグルーピング)の管理人(又は世話人)を引き受けている。メーリングリスト(ML)活性化のためには管理人が話題の提供などタイムリーに司会者役を買って出る必要があると思うが、当方の頭の整理がされておらず、また各種締め切りに追われている身には辛く、タイミングを逸してしまうことが多い。
02年1月に開設して5年半になる大学の同窓会MLは、当初マナー違反に怒った会員の脱退が相次いだ時期もあったが、最近は人生の後半に花開いた趣味、文化芸術活動や旅行記、地域・社会活動などの披瀝も多くなり、特に毎月ネット上で川柳会が発足して賑わい始めたのが何よりも嬉しい。
5.
ネット取引
毎週のボーイスカウト活動で撮り貯めしたデジタル写真の配布又はHPを整えて貼り付ける等、サービス向上の宿題を果たしていない身ながら、ネットトレードとオークションを始めた。
年金生活者ながら、「次世代へのお役立ち」を意図して始めたネットトレードは、株屋に任せっぱなしに比べれば手数料が無視できるほど安いというメリットを享受している。肝腎の自己責任下での売買は「買いは易いが、売り難い」で、トータルには含み損をかかえている時間が長く、中々実があがらない現状である。
年金者の小遣いの効率化のためのオークションはPC関連のサプライ、特にプリンターのインク調達から始めた。プリンターのハード価格を抑え、消耗品価格で高利益を上げるメーカーに抗して、純正品、互換品、詰め替えの購入等々色々試している最中。長寿で大活躍の日野原重明ドクター(95歳)を見習って買ったS社の健康食品「○○ミンE」(120錠、定価4,700円)を4,000円。P社の「手のひら心電計」定価67,000円を38,000円で落札したのは満足度は高いが、いずれも成功とは言い難いだろう。定価や販売価格に通暁していることが前提となる。
6.
スペイン語の学習
昨年5月から今年の3月まで週1回のスペイン語教室に通った。スペイン人が先生の30名のクラスは、全員主婦かと思われる中の黒1点。何が苦しかったかと言えば、毎週1時間半の授業のための予習が5、6時間かかり、その挙句が記憶に何も残らない、即時に反復、反応できないから会話にならない、この教室での最劣等生状況が1年近く続いたことである。いつの日か家庭の事情が許す暁には、スペイン・サンチャゴへの巡礼に出発したいというのが直接の動機だったが、家庭の事情はもちろん、語学も体力もまだまだ時間がかかる。
これでも私は、今から丁度50年前の大学進学の第一志望は当時二期校の大阪外語大のスペイ語科と決めていた。それが滑り止めの一期校に先に合格したところから進路が変わってしまった。この辺りは別の機会にレポートしたい。
おわりに
当HPの担い手の辻さんとは、ご自身の二つ目の勤務先の時代にお会いし、爾来長らくお付き合い願っている。三つ目の独立コンサルタント業時代には、当方の若いシステムエンジニア(SE)の育成以前に私自身の育成のためにカバン持ちを願い出た位である。仕事上の転身も三段階、辻さんの人生が投影している「研究会」、「当HP」、そして、昨年8月に立ち上げられた「ブログ」も三段積み、この稿を書きながらこの相似形を興味深く感じた。
毎日、自然、人、人生を短歌で綴られる辻さんのブログを楽しみにしている。 (2007年6月29日記)