安藤 博
ふだん、するべきことをしていない者に限って、お休みの日に会社に出てきたりする。今年の夏休みも、終わる前の数日これをやってしまった。それにしても、誰も来ていない会社はいいなぁ!なんといっても、「寒い」とひざに毛布かけるようないやみなことをする同僚に気兼ねせずに、冷房を効かせるだけ効かせることができる。短パンに着替え、腕に鳥肌が立ち、足先が冷たくなるぐらいにして、しーんと静まりかえった事務所にいると、ノーベル賞級の着想が得られるように思える。
今年は、この罰当たりな資源浪費の快楽を、いやがうえにも味わうことができた。というのも、休み前半の信州行き、涼しかるべきはずが逆に、いかにも”暑い”ものになってしまったからである。
老母二人、つまり実母と家内の母親を連れて勤務先の寮のある白樺湖畔に行くことにしたのには、「一石三鳥」の思惑が潜んでいる。ダブルの親孝行、プラス「いいご主人」になりすますことである。寮だから、ホテルみたいなわけにはいかない。だが、80歳過ぎのおばあちゃんたちには食事も多すぎるぐらいで、質も悪くはない。日中はともかく、朝夕は冷房なしで十分涼しい。「やっぱり信州ね」と、おばあちゃんたちはご満足。「孝行息子」も面目が立つ。
さて、酷暑の夏の冷房賛歌に至るステップの一つは、寮から1時間ほどの距離の茅野駅近く、茅野市民会館で小津安二郎作品「早春」を見たことである。家内が新聞の小さな記事で見つけた[小津安二郎記念・蓼科高原映画祭」の一環である。まだ高度成長期に入る前の昭和三十一年の作品で、画面は例の「雨が降っている」ような感じだし、録音は若き岸恵子の鼻にかかったきんきん声がいやがうえにも響いたりするような具合である。筋もそれほどドラマチックではない。が、2時間24分というかなりの長時間、全くあきさせない。たんたんと、しかし一分のすきもなく画面は進んでいく。「一字一句変えちゃいかん」という小津の脚本力によるものだろう。
この映画は、題名とは裏腹に、ほとんど全ての場面が、暑い暑い夏の盛りである。いまは見かけなくなった「開襟シャツ」を着たサラリーマンたちが、扇子で顔をあおぎながら出勤していく。主役のサラリーマン(池部良)の会社は一流企業らしく本社は丸ビル内にあるのだが、30年代初期のこととて冷房など望むべくもない。「あんな所で、よく仕事なんか出来るな」と、こちらは「暑さ」が身に染み、ひるがえって、そこまでを感じさせる演出の妙に感服する。もっとも、小津監督以下の当時の制作スタッフは、それほどには「暑さ」に対する思い入れはなかったろうが。 「早春」の短い説明文は「倦怠期の夫婦家庭に起こった不倫をめぐって・・・」といったようにに書かれている。確かにそうなのだが、これでは実もふたもない。もっと深い味わいが随所にある。その味わいを浮き立たせてくる背景が、やはり「暑さ」なのである。不倫によろめいた夫を家で待つ妻(淡島千景)は、浴衣を着てふとんの上でいら立たしげにうちわを使っている(どうしてあんなにあでやかな浴衣の妻を、裏切ったりするのかしら!)。「金魚」とあだ名されるOLのフラッパー(岸恵子)との情事の場となったお好み焼き屋の一室で、黒っぽい扇風機が首を振っている様子が、密室の暑さをことさらに思わせる。主人公が本社から左遷されて転勤した中国地方の工場の事務所はさらに暑い。社員たちは首に下げたタオルで顔をぬぐいながら仕事をし、「それにしても暑いですな!」とぼやいている(金魚と会えなくなった池部は、心をいれかえる。そこに別居していた淡島も追っかけて来てくれる。「悪かった。もう一度やり直してみたい」と殊勝なことを言って、二人で窓の外の雲を見上げる。で、「早春」ということらしいが、ここらはちょっと緩い感じあり)。
映画が終わって、池部良と淡島千景が、プロデューサーの山内静夫氏とともにこの作品のことを語ってくれた。夏の日盛りに池部や岸たちが江ノ島海岸にピクニックに出かけるというシーンのロケーションが、実は寒風吹き募る年末近くのことで、半袖夏姿の俳優たちは振るえ上がっていたということなど、興味のつきない話ばかりだった。八〇歳前後にもなるのにこの二人の若々しいこと。とくに淡島はみずみずしく、いやが上にもスマートな池部に比べて、ちょっと太めに見えるにしても、出演時から半世紀近い歳月の距りをむしろ楽しくながめやることができた。
それにひきかえ当方のおばあちゃん、同じ80歳過ぎでも大違いだ。この一日のどこかで、手さげを忘れてしまった(どちらの80歳かにはあえてふれない)。金目のものはないが、直近に手術を終えたばかりの目の薬。それにお数珠が入っているから、事態はいささか深刻なのである。立ち回り先を忘れ物の届けがないか当たることで、翌一日は大いに暑く、また熱くならざるを得なかった。幸い、市民会館のお便所でどなたかが見つけて下さったのだが。
来年からは、一鳥三石で「どこかへ行く」ことなど、はなから放棄して、同僚がいなくなると同時に一人事務所にたてこもり、「日本の情報・通信産業の劣勢を回復するための妙策立案」といったことに専念しようかしら。そうすれば、ついでのことに、締め切り遅れで辻さんなどにでご迷惑をかけている本コラムの原稿など、お正月号分くらいまで楽々書き溜めしてしまえるに違いない。