「2001年を徒然に振り返る」           黒木 靖生

 

 今年は、21世紀の最初の年ということで、明るいイメージでスタートしたのですが、我が国の景気は依然として低迷を続けて出口も見えず、日本国中全体が意気消沈と言うか暗いイメージのようです。

 これと対照的に、お隣の中国は意気軒昂のようで、最近、中国のIT産業(特にソフト産業)の視察に行った人の報告会を聞いたのですが、まさに「竜が天に昇る勢い」と言ったところのようです。

 その視察旅行で訪問された何ケ所かのソフト開発センターの写真も見せてもらったのですが、ハイテクの粋を尽くしたビルと南欧風の瀟洒な従業員用の社宅が隣接していて、日本が元気だった頃もとても足元にも及ばないほどの豪勢さです。(この中国の富の源泉は一体何なのか、一種魔法にかかったような不思議な感覚になりました。)

 そして、雑誌などによれば、日本のソフト会社もソフト開発の中間部分を中国やインドに委託する動きが盛んなようで、中国があのように大量にソフト技術者を育成した場合、その内に日本のソフト技術者の職は無くなってしまうのではないかという危機感すら覚えました。

 最近、吉川元忠(きっかわ もとただ)氏の書いた『情報エコノミー(文春新書)』という本を読みました。氏の著作は、『マネー敗戦(文春新書)』を読んでいて面白かったので、著者名に引かれて手にしたものです。

 この著作の中で、氏は「要素価格均等化定理(サミュエルソンの定理)」に言及しています。これは、グローバルな(そして、公正な競争が行われる)経済体制下においては、全ての物品の価格が限りなく「1物1価(世界同一価格)」に近くなり、それに引きずられて、その物品の価格を構成する要素価格も、一定の水準(日本から見れば、おそらく安いほう)に収斂して行くことを述べたものですが、経済学に疎い私には新鮮な言葉として響きました。

 このような事象は、例えば日本の鉄鋼製品の価格が以前の半値以下まで下がっていることで現出しています。また、ユニクロ現象なる言葉もあるように、我が国の衣料品の価格が「世界同一価格」とは言わないまでも相当に安くなったことも、確かです。
(製鉄会社の元社員としては、国内の自動車メーカーが鋼材などの原材料を従来の半値以下で購入しているにも関わらず、自動車の国内販売価格は半値になっておらず、しかも、この不況下に空前の利益を上げていることに、若干の割り切れなさを感じますが・・・。)

 なお、この「価格」も供給能力との関連で決まって来るように思えます。仮に、中国の鉄鋼製品の価格が世界で一番安くても、中国が全世界の需要を賄いきれない限り、その不足分は、需要家は価格の高いところからでも買わざるを得ません。

 上で引き合いに出した鉄鋼製品について言えば、世界的に供給能力が過剰気味であり、それが(鉄鋼メーカーの立場からすれば)過当競争につながっているので、世界的にも、日本国内でも、鉄鋼メーカの合従連衡が進められています。グループを出来るだけ大きくして、そのグループ内で生産性の低い設備を廃却して価格競争力を高めると共に、設備の過剰感を一掃して、需要家に対する価格交渉力を高める戦略です。勿論、グループとして大きくなることにより、これまた寡占化を強めている鉄鉱石などの原料メーカーに対するバーゲニング・パワーを高める狙いもあるようです。

 しかし、中国としては、鉄鋼製品の価格を自分よりも高い国に合わせて販売して利益を稼ぎ、その利益を設備投資に廻せば、供給能力を徐々に高めることができますから、長い目で見れば、中国の価格に近づいて行くと思います。

 そうすると、上に述べました「要素価格均等化定理」により、日本の鉄鋼業の従業員の人件費(正確に言えば、生産性を加味した人件費)も、中国の鉄鋼業の従業員の人件費に近づいて行かざるを得ず、これは大変な事態です。

 このようなことは、単に鉄鋼業のみに止まらず、今、ネギ・椎茸・藺草のセーフガードで話題となっている農業や、ユニクロ現象の衣料産業などを始めとして、日本のあらゆる産業で発生せざるを得なくなると思います。

 日本のIT産業(ソフト産業)の従業員にとっても、これは決して人ごとではありません。ソフトの中でも、業務処理用のソフト(アプリケーション・ソフト)は、従来は「言葉(日本の場合は日本語)」が障壁となり、外国からの参入を阻んで来ました。しかし、現在ではプログラム開発などの工程を海外のソフトベンダーに委託して、ソフト開発費を削減する動きが出て来ています。

 そして、そのような作業の中で、SEと称される外国の技術者群が日本語をマスターした場合、日本のソフト会社抜きで、彼らが直接日本の企業からソフト開発を受託することも考えられます。

 先ず、開発工程を海外のソフト会社に委託することが普通になった場合、日本のプログラマーと称される職種の人達は、日本で対抗しようと思えば、人件費を中国やインド並みに下げる(あるいは、生産性を人件費の高い分だけ向上させる)ことが要求されます。

 そして、インドや中国のソフト会社が、日本の会社から直接ソフト開発を受託するようになった場合は、日本のソフト会社は会社経営のトータル・コストをインドや中国のソフト会社と遜色の無いものに下げることが必要でしょう。

 この「世界同一価格」は「貿易財(交易を通して取引されるもの)」に最初に現れますが、サービスなどの「非貿易財(国内だけで取引されるもの)」にも影響を与えると思います。

 日本においては、今、あらゆる局面で「デフレ現象」が進行中です。中でも、日本の経済成長の象徴とも言われた「土地価格」は、バブルの頃と比べれば、極端に低下しています。これも「世界同一価格」化の影響かも知れません(しかし、「世界同一価格」に照らした場合、まだ高と思われますが・・・)。

 この「世界同一価格」の影響で、貿易財を産出する日本の「製造業」や「農業」に従事する人の人件費が引き下げ(賃下げ)られた場合、その影響は、官庁や金融業を含む日本のサービス業に従事する広範な人々の人件費にも影響(賃下げ)を及ぼさざるを得ないと想像されます。

 そして、この影響は、日本の給与所得者全体の「賃下げ」や「ワークシェアリング」に進むものと考えられます。

 なお、この「世界同一価格」なるものは、「為替レート」にも深く関わっています。私には、この「為替レート」の決まる仕組みが良く理解できません。日本の円の価値(購買力平価)は「1ドル=160〜170円」と言われていますのに、実態はこれより円高になっています。しかし、この為替レートが多少「円安」に振れたとしても、日本と中国やインドとの人件費の大幅な格差を引っ繰り返すことは、至難の技と思われます。

 考えて見れば、現在の日本と中国やインドとの関係は、何十年か前の、日本とアメリカやヨーロッパ諸国との関係と同じです。日本の場合は、相手が中国やインドと言う同じアジア圏で、しかもどちらも人口大国で圧力が直接的で大きいという特殊性はありますが・・・(この意味で、中国のIT産業の成長が、中国と同根の台湾あるいはシンガポール、マレーシア、韓国などに与える影響も注目されます)。

 アメリカやヨーロッパ諸国が日本の挑戦を跳ね返したように、日本も中国やインドの挑戦を跳ね返す必要があります。それは、中国やインドと同じ土俵で戦うのではなく、中国やインドが登れない土俵を作ることだと思います。新しい技術を開発し、それを「特許権」で防衛(中国もWTOに加盟したことですし)して、日本しか作れないものを作って世界に供給することでしょう。

 そのためには「創造性」溢れた人材を育てることが必須ですが、ここ10数年来文部省が推進して来た「ゆとり教育」が果して効果を出して来るでしょうか???。

 私は、日本の国家戦略が、「IT化」という「手段」のみの議論に終始していることに非常な危機感を覚えます。そして、不良債権処理に「何10兆円」と言う税金を投入しなければならないことにも、非常な苛立ちを感じます。

 日本の国家戦略は「科学・技術立国」とすべきであり、その推進のために不良債権処理に使われた税金を投入できたらどんなに良かったかと切歯扼腕しています(この意味で、不良債権を作った人々、および、その処理に手間取っている人々の国家・人類に対する罪は、どんな罪よりも重いと思います)。

                                 (以上)

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