私にとっての2001年 高嶋 宏尚
21世紀最初の年が早くも過ぎてしまいました。自分の年齢の所為だとは思いますが、年々時間の経過が早くなって行くように感じられてなりません。相変わらず先が見えず、重苦しい気分が支配的な世の中だな、と思わざるを得ません。社会や政治のことを高所から論ずる知識も才覚も全く持ち合わせていない自分ですから、これからの世の中どうすればいい、のようなことは皆目検討がつきません。仕事のことばかりですが、日々下世話な次元の問題処理に振り回された1年であったなと思いますし、「少々くたびれたな」の所感も持ちます。
「私にとっての2001年」を総括すれば、「不良債権処理の1年」ということになるのではないかと思うのです。
2000年の10月に前の職場をリタイアし、系列のアセットマネジメント会社に雇ってもらいました。自分の経歴から云ってシステムと有価証券を業とすることはうってつけで、良い所に再就職出来たと喜んでおりましたが、ことは簡単ではありませんでした。周りの状況が見えてくるに従い「これではいかん」と思われることばかりです。新しい職場にはいたるところに焦眉の急の課題が残されており(金銭債権ではありませんがこれらを自分では「不良債権」と勝手に名づけました)、これの整理に着手しましたがその根は仲々に深いことが次第に判ってきた気がします。難儀もした程には成果は上がらなかったかなの気もしますが、出来ることは相当程度やったとも云える1年であったと思うのです。多くの金融機関が不良債権の処理に苦しんでいるように、自分のそれの整備も、なおその長い長い道のりの途上であるという状況です。
具体的にはシステムの整備計画を策定し実践をはじめたとか、業務分掌の整理に着手し揉めたとか、どうにも困る人には辞めてもらったとか、職場風土の改善に悩んでいるなどの事ですが、組織や金が絡む問題もあり一気呵成にはいかない状態です。このことを知った辻さんからは、柴田昌治さんの「なぜ会社は変われないのか」「なんとか会社を変えてやろう」などの著書を紹介して頂きました。「必要な協力はするよ」とエールも送って頂き、本当に心強い思いがしたものです。また、システム関係では緊急対策が必要な事態が出来し、高村さんに無理やりお願いしてエキスパートを派遣してもらい、なんとか凌ぐことが出来たこともありました。引続き高村さんには当社のシステム整備に協力を願っているところです。かくのごとく、研究会のメンバーに大いに感謝をしなければならない1年だったと思います。
社会的な事件を一つ上げれば、やはり9月11日の同時多発テロにとどめをさすように思います。ぼんくらな自分にはあのような事件が起きる背景や、必然といったものに全く思いが到ることはありませんでした。それだけに、「今の世の中何が起きても不思議ではない」と頭では考えてはいても、現実に起きていることとは信じがたく、テレビの映像が作り物であるようにしか感じられませんでした。旅客機を凶器にしてしまう発想と無辜の民を道ずれにしてしまう残酷さには、ただただ慄然とするばかりで、まんじりともせず明け方までテレビに釘付けになってしまいました。20世紀は戦争の世紀、とよく言われますが21世紀になっても何にも変わらないではないか。オレたちは前世紀から何を学んできたのか、などのことをボーっと考えていました。
研究会会報についても、2001年は自分にとって一つのエポック・メーキングな年(少々大げさではありますが)だったと思います。新年号より始めた「ペンリレー」は一度も途切れることなく続いてくれました。始めたときには、1年のうちに1〜2回は抜けることもあるかなと覚悟はしていたのでした。特集についても4回行いましたが、都度たくさんの力作が寄せられ、仕掛けた身としてはいつもほっと胸を撫で下ろしておりました。特に9月の「私の故郷特集」は8編ものバラエティに富んだコンテンツが集まり、会報の充実ぶりに密かに万歳を唱えたものでした。ここでも会員諸氏のご協力に感謝の1年であったと云える訳です。
システム整備などの山積する課題処理に伸吟している頃、ベンダーや人材派遣会社の為すことに憤りを覚えることが続きました。P社やD社、B社の余りの理不尽さに「どうしてくれようか」と思うような事態でしたが、休日出勤した時のことです、ワープロを立ち上げ各社に対して毒つきだしました。これが会報の「ヨレヨレ日記」になった訳ですが、書いているうちに少し苛つく気持ちが落着いてきて、やや冷静に当方の対処策が考えられるようになりました。冷却作用が働いたということでしょうが、その意味でも会報、ひいては研究会の存在に自分は感謝をするべきです。ただその所為で調子が出てきてしまい、何度か「ヨレヨレ日記」で会報の紙面を汚すことになってしまったことについては、会員諸氏にご寛容を願わなければなりません。
とりとめも無く、超ドメスティックな自分の2001年を振り返ってみれば、かくのごときものでありました。それでは来る年はどんな1年になるだろうかと、風化しかかった脳味噌を捻くり回しても鮮やかな答えは出てきそうにもありません。相変わらず不良債権処理に苦慮していくことになりそうだなと思います。ただ、2001年を省みて、もう少し賢く対処していくことが必要かなと思っています。ちょっとキザに言えば、課題がある限りそれに勇敢に立ち向かって行こうと思いますし、昔アルピニストが「そこに山があるからだ」と言った気持ちが分るような気もしているのです。
(2001.12.19)
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