私のタイムカプセル           石井 真司

 これは、昭和20年代製の紙芝居です。唯一の舞台セットは素朴な木枠ですが、これが無いと紙芝居の雰囲気が出ません。裏側に小さくMITSUKOSHIのプレートが付いているところから、三越ブランドで販売されていたものと思われます。現存する演目は15目。内容はいたって真面目なものばかりで、昔話やシートン動物記等です。残念ながら、定番の月光仮面はありません。昭和20年代のものですから、会員の皆様も、もしかすると、ご幼少の頃、目にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 私が生まれる十年程前のものですので、当然私が初代オーナではなく、お下がりで頂いたものです。この紙芝居をくれたのは、私の家に下宿(間借り)していた大学生です。自分が子供の頃遊んだものを一式ドサっとくれたのです。

今では考えられませんが、38年前、近所にある大学の学生が当時建築中だった我が家を見つけ、施工主である私の親父を掴まえて、直接下宿の交渉をしたんだそうです。下宿生が居たと聞くととんでもないお屋敷を想像されるかも知れませんが、我が家は至って普通の間取りの小さな一軒家です。当時、私の両親は29歳、その大学生が20歳ですから、大家と間借り人と言うより先輩後輩程度の歳の差だったというのが、互助会精神に溢れた古き良き時代を感じさせます。東海道新幹線がやっと開通した時代ですから、出張がちな駆け出し営業マンだった父は一度出張に出ると、しばらく巡業で帰って来られませんでしたので、留守宅の用心棒兼務で大学生を下宿させていたのかも知れません。

私は母にせがんで何度も何度も紙芝居を演じてもらっているうちに、自然とコツをマスターしたようです。字が読めるようになり、自分で演じることが出来る歳になった時は、恐い場面や悲しい場面で妹や弟を泣かせるのが面白く、泣くまで同じ場面を何度も演りました。絵の裏側に台詞とト書き、それと若干の演出ポイントが書いてあって、それを読むだけでもお芝居の気分が出て来ます。もしかすると、私が人前でしゃべるのが好きなのは、ここが原点かも知れません。

  小学校高学年になると、この紙芝居も卒業してしまって、ほとんど箱を開けることもなくなり、何年かにいっぺんフト想い出した時に虫干しがてら外に出す程度で、今回も「宝物の企画」を聞いた時に紙芝居の存在を思い出し、十数年ぶりに蓋を開けたのです。

しまってある箱から出したときの古い紙の匂いを嗅ぐと、この紙芝居で遊んだ頃が昨日のように想い出されます。どれも、素朴でありながら味のある絵ばかりです。一部、私の芸術センスにより加筆(いたずら書き)してしまった部分など、今見ると、きれいに消すより、そのまま残した方が面白いような気がします。

実は、この紙芝居を出す時、もうひとつの楽しみがあります。それは、除湿や防虫のために入れてある古新聞です。一番古いのは昭和40年でした。ソ連の宇宙飛行士が宇宙遊泳を行ったニュースが、想像図(なんと挿絵)付きで報じられています。当時は宇宙開発ではソ連がアメリカを一歩リードしていたんですね。次に古いのは昭和46年。TV欄のボーリング番組が泣かせます。今回また、平成14年の新聞を追加しました。

さて、次に出すのは、いつのことになるやら。

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