当研究会が私の「お宝」 辻 淳二
特集担当編集長の高嶋さんから「お宝」というテーマが来た時、「うわあ。俺にはお宝なんてないぞ」と思った。ムリムリ探せば、自室の出窓の平板の上にさりげなく置いている家族や孫のスナップ写真か・・。でも、これだとありきたりだな・・。そんな思案をした上で、書かない訳にはいかないんだからと、何かヒラメクのを待つことにした。暫らくしてポロッと鱗が落ちた、「そうだ。当研究会がお宝だ」と。当研究会を始めたのは84年9月、それからずっと、これがあることが励みになっていた。「お宝」を自分にとって生き甲斐、心の支えになっているものと捉えると、当研究会はまさしくそれに該当する。
人とのネットワークを深める「場」
さて、どうお宝なのかの具体論に進もう。先ず、心の支えに関して言えば、私は「“自分の人生、これで良かったんだ/これでいいんだ”と自分を肯定できる実感がほどほどにあること」が大切と感じている。そして私の場合、その中の一つに、「お客様としてご縁を得て、仕事の関係が終わっても人生の友として親しくお付き合いしている人が割に多い」ということがある。
情報の分野で「システム化」、つまり「システムをうまく活かして経営や業務を変化させる」ことが生業、つまり、お客様の改革(すなわち、タフな仕事)の一翼を担うのがその職業本質だから、お客様とは気力を込めて向い合うことになる。従って、他の職業に比べ心が通じ合った付き合いになり易いとは言えるが、現実にその関係を長く保ち続けるのは容易ではない。それが、私の場合に割にできているのはなぜか。何のことはない、当研究会という、長く継続している場があってのことなのだ。
具体例を挙げれば、駆け出しのNEC時代にシステムエンジニアとして自立する“現場”となった鉄鋼会社(川崎製鐵=当時)の圧延工場のシステム化でお客様側の新入社員だったのが当会の黒木靖生さん、個人コンサルティング事務所を始めて「プロとしてやっていける」との手応えを掴む“足掛かりの仕事”となった郵政省(当時)の統合ネットワーク化構想立案でお客様側のキーパーソンだったのが桑門正美さん。その他にも多岐にあって、現在の会員で、コンサルティング/研修/その他、何らかの当方のビジネスのお客様だった方は10人を超えている。さらに、当会のホームページに短歌の連載を投稿して頂き、会員の短歌の添削指導もして頂いている松本東亜さんは、私が今から17〜18年ほど前に熊本県の「日本一創り」計画関連でお手伝いをした時のお客様側の町役場の若手職員だった方で、会員ではないが当会にお力添え頂いている。
この他にも、大学で同じコース(計測専修)だった仲間(総勢で、29人だった)が5人も会員として後押ししてくれている等、私の人的ネットワークに占める当研究会のウエイトは大きく、これからも心の支えであり続けてくれるものと確信している。
ちょっとした感動を触発する「源泉」
次に生き甲斐に関して言えば、私は数年前から、ちょっとした感動や出会いでいいから「“思わぬサプライズ”があったら、今日は良し」と思うこととし、そういう日が一週間の内になるべく多くなるような生き方を心掛けている。そして今、そう思える日の歩留まりは、“意志あるところ道あり”ということなのか、以前よりも良くなっているようである。そしてここでも、少なからぬ頻度で当会及びそのホームページ(HP)からそのキッカケを得るという幸運に恵まれている。中でも、HPの“編集長兼小使い”、つまり編集ワークという現場実務を持っていることから多くを得ていることに思い当たる。現場を担っていれば、原稿が集まらない/表紙の写真がない/編集用のパソコンが急に命脈尽きてしまう等々、期限内に何とかしなければならないことが結構頻繁に出てくる。当会ではそれぞれの問題に有力な支援者が居てくれるので、その方たちの助けを得て対処していくのだが、その過程で必ず、相談のやり取り等を通して触発を受けたり、写真や被写体やパソコン用ソフトについて少し詳しくなったりの“副産物”が得られる。かくして毎月、「“望外のサプライズ”がある日」がこの筋からも何日か増えるということになっている。こういう蓄積は、一つ一つは小さいものであっても、一年といったスパンで見ればそれなりの質量になって、「その年の充実感」を底上げしてくれるものになる。今の私には、研究会からのこういう“ご利益”も貴重で有難いものとなっている。
自己表現願望を満たす「道場」
もう一つ生き甲斐と言えば、私は今、当研究会の活動の中で、青春時代や忙しく仕事に追われていた時期に「いつか、こんなことをやってみたい」と“ちょっと憧れていたこと”が小ながらできていることに喜びを感じている。実は、雑誌のようなメディアの編集も、それへの投稿も、何らかの文学的作品創りも、若い頃の意識の中にあったものなのだ。
雑誌に関しては、もう20年くらい前に、『ソフトウエア流通』という半ば官製で季刊の業界誌の編集長を2年務めている。これで願望は叶えられていたし、社会的にはこちらの方が価値があったのだろうが、編集者としては当会の“小なるHP”の方がはるかに楽しい。インターネットが活用できるようになったお陰であり、「月刊でも、さほどの負担を感じることなくやれてしまう時代になった!」との感慨もひとしおである。
投稿の方も、“編集発行責任者のノルマ”的意識もあって毎号1稿は書くことにして来たら、“継続は力なり”で、自分の書いたコンテンツが既に50稿くらい溜まる結果になった。加えて、書いたものを介して、知人や読者の方との思い掛けない再会や出会いが時に出来ているのも嬉しい。
そして今年からは、当会HPを投稿の場として、短歌を楽しんでいる(これは、我ながら、かなりのサプライズなのだ!)。実は、3〜4年くらい前に詠みたい気持ちに駆られて、ちょうどその時期に出版された坪内稔典著『俳句型人間、短歌型人間』を購入して読んで、自分はどちら向きなのかを判定しようと動いたことがあった。その時の読後の結論は、「自分は、どっちもダメだな」だった。それが、松本さんの添削指導を受けられるようになったのを機に、一旦は諦めた短歌の筋から文学のジャンルの入り口に入ることができたのだから、世の中面白いものである。
当研究会が迎えようとしている「大きな節目」
上記のように、今回の特集テーマがキッカケで、当研究会が自分にとっての「お宝」であることをズシリと認識できたのは思わぬ収穫だった。折りしも、当会は今15期中に、研究会開催100回、ホームページのアクセス件数1万件と、大きな節目を迎えることになっている。これは、大変めでたいことである一方で、世の中の殆どの組織が直面しているように、当会も「思い切ったリフォーム」をすべき所に来ていることを意味している。私自身、そろそろ“半隠居”の潮時と感じつつ、これからも、「お宝」との思いを持ち続けられるように当会の継続・発展に関わって行きたいとの思いを新たにしている。[2002.10.31]