「継続は力なり」を学んだ「場」        辻 淳二

 
 今年の3月から5月にかけて、当研究会に関わる数字的な節目が相次いで到来した。研究会開催100回を始めとして、ホームページ刊行50回、同アクセス件数累積1万回。このレベルの数字的な節目が我が身辺で他にあるかと考えてみたが、先にも後にも、「新潟の大学での遠距離講義」が1〜2年後に100回になることを除いて、思い当るものが何もない。資質的にも、身体が示す通りの「痩せ馬の先っ走り」型で、短期間(一つの仕事ヘの集中なら、私の場合は1年半くらい)なら集中力を持続できるが、長期戦になると次第に精彩を欠くタイプなのだから、数字的な節目とはもともと縁が薄い。

 そういう私が事務局をしている会で上記のような集中が起ったのだから、その喜びは尋常なものではない。「盆と正月が一緒に来た」イメージを通り過ぎて、「小生に僅かながら残っていたツキを全て使ってしまったのでは?」と心配になる程の、ウキウキ気分である。但しこれは、会員各位を始め、役員、講師、裏方をサポートして下さった人たちに支えて頂いたお蔭であり、何よりも先ず、心からのお礼を申し上げたい。  

 さて、この特集テーマを契機として、当研究会と私との関わりについての「原点回帰の思索」を試みてみた。先ず、自分の近況は?と問うと、還暦を過ぎてから今までは「手に余る屈託ごとがない(小さいのは人並みにあるが)、恵まれた4.5年」だったとの自己認識となった。次に、この認識の拠り所は?と問うと、「自分が軸になって盛り上げていかなければいけない場が適度にあることで、生活にメリハリや充実感が持てている」ことが大きいとの結論になった。直近の数年における上記の「場」を具体的に記すと、次のようになる。大学での講義(一年に1213日)、30歳前後の技術者を対象とする自主企画によるSE研修(同、3日コース22種類で計12日)、情報サービス業界の経営層をメンバーとするフォーラム(同、6日)、当会研究会(同、7日)、当会ホームページ更新(同、12回)、平均年齢70歳近いシニア層を仲間とするテニス合宿(同、2日)。幸運なことに、この日数を合計すると51日となり、場を共にする人が20歳過ぎの若者から70前後のシニアまで等と広がっていて接し方が違う、当日の前には企画・参加呼び掛け(仕事の場合は、これが営業になる)・準備など場に合わせた行動が必要、といったバラエティもあって、「この歳(64歳)になると、これくらいが程よい(これ以上になると、むしろ負担になりそう)」と思える「場の組み合わせ」になっている。  

 ここまで来て、これらの場に共通のキーワードがあることに気が付いた。それは、「継続は力なり」という先人の言葉である。上記の場はいずれも、大学が8年、SE研修は一種が10年超、もう一種が6年、フォーラムは5年、研究会は19年、同ホームページは4年、テニス合宿も4年と、そこそこの年数に渡って継続しているものばかり。

 続いて、次なる気付きに至った。それは、冒頭に記した「痩せ馬の先っ走り」と「継続は力なり」とは、共に人の生き方のタイプを表現するキーワードで、おおよそ対極に位置しているということ。そしてさらに、私自身、もともとは「痩せ馬の・・」型ながら、歳を取るに連れ「継続は・・」型に頼る方向にシフトして来ていることにズシリと気付かされることになった。  

 どうやら、人は、自分らしい生き方を求め続ける行動に当たり、「痩せ馬の先っ走り」型と「継続は力なり」型のバランスを、親から引き継いだ血筋や成長過程/成功・失敗体験を通しての学習結果で個性化し、加齢と共に微調整しているらしい。  

 上記は、私にとって、「目からウロコ」的な、思い掛けない気付きとなった。そして、スタート点での関心事だった当研究会と私との関わりに関しては、ごく自然に、次の結論に着地した。
 
「継続は力なり」を臓腑に沁みる手応えで学んだ場  

 最後に、当会のこれからについて言えば、次の数字的な節目を200回でなく中間の150回と捉えたとしても、私にとっては「遥か遠くに霞んで見えるゴール」になってしまう。そこで、今16期から若手の中核メンバーである石井真司君に(当面は私とダブルで)事務局長になって貰い、なるべく早い機会に完全にバトンタッチする方向に会の運営を変えて行こうとしている。彼は好奇心や行動力等で突出した持ち味を備えている人、当会がこれまでに培ってきた良きDNAを継承しつつ、当会のあり方や運営を彼流に改革/デフォルメし、「継続は力・・」の第2ステージへと導いてくれると確信している。その段階になれば、私は、ホームページの編集などの裏方の仕事を引き受け、会の発展をサポートして行くことにしたい。


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