人生、順繰り
       安藤 博


 
<経営と情報通信研究会>の幕引きとほぼ時を同じくして、私のサラリーマン生活も終わりかけています。<研究会>には多くを負ってきましたから、“負債”を残したままであることに忸怩たるものがあります。
 “負債”は、何より「情報」についてです。
 社会人としてのキャリアを新聞記者として始め、また北欧諸国や米国同様の情報公開法を日本でも制定することを求める市民運動に20年余関わったことなどから、「情報」は身近であるはずでした。しかしこのことが逆に、<研究会>の主題である電子化された情報、情報の電子化を、皆さんと同じ次元で考え、活かすことから遠ざけるもとになってきたように思えます。「遠くて近い男女の道」の反対で、情報は「近くて遠い田舎の道」そのままに、はるかに遠いのです。<研究会>では、教えていただくばかりでした。

 20073月末で大学教員の定職を離れた後も、週1回の講義(日米関係)やボランティア活動などで、週日の多くは外出しています。が、家にいることも多くなりました。そこで生じた問題は、「寝る前にホットカーペットの電気を切る」など、家庭生活の基本が身についていないことです。護憲などのNGO活動にかなりの時間を割いていますが、家人は「イエにはイエの憲法があります。それが護れないで、なにが9条よ!」と怒鳴ります。「人間失格!」とも。太宰の「失格」ならもう少し艶っぽいのにと、悔し紛れに言い返します、「風呂場の水道の水が一晩中垂れていた!」。
 こんな締まらない、のどかな家庭内紛争に明け暮れているだけに、「やはり」とまじめにならざるを得ないのは、紛争地で平和活動をしている国際NGOの後方支援、そして日本の平和憲法を護り活かそうとする市民活動です。スリランカなどで活動している<非暴力平和隊>(NP)という国際NGOの、うっかり引き受けてしまった事務局長としての連絡雑務には、かなりの手間・時間がかかります。朝の起き抜けから寝る直前までパソコンにかじりつき、ひどいときには日に9時間、10時間も。おかげですっかり運動不足、テニスの腕はガタ落ちになりました。2007年の年末近くに運転免許証の更新した際、約30年ぶりに20歳台の免許取得当初と同じ「眼鏡使用条件」がついてしまいました。この恨み、もちろん誰に向けようもありません。

 9条世界会議>(http://whynot9.jp)−「軍事力に拠らずに平和を創る」という日本国憲法9条の理念を世界に向けて広くアピールすることを目指して、200854-6日、千葉県幕張メッセで開催を予定している「1万人」の大集会です。非暴力平和隊(NP)の活動の延長で、その実行委員会メンバーとして人集め・カネ集めの責めを負っています。と、偉そうに言っても、実際にしているのは、貧乏浪人の唐傘貼り内職を思い出すようなことです。ポストカード、缶バッチなどの<9条グッズ>を、各種の市民団体集会などに出かけて売るのに備え、9枚、9個の語呂合わせでそろえて袋に入れたりするのです。こうした作業を、2007年の夏からは毎週木曜日を定例とし、56人のメンバーでしています。
 「あーらアンドウさん、1枚足りないわ」と、テレビ工場などのアセンブリーライン末尾、チェック工程にいるような仲間の女性が睨みます。他のメンバーに比べてカードをそろえたりする作業のスピードがずっと遅いのも悔しいけれど、「年をとると指先のアブラがすくなくなるんだって」とあっけらかんに言ってくれるのが、さらにこたえます。
 「これなら、“多い少ない”の間違いがない」と思って引き受けたのが、缶バッチ9個を9箇所の貼り付け場所の決まったボール紙台紙に取り付ける作業です。ところが、これをしながらふと出たひとことが、また悪かった。「これ、老人ホームに持っていって、ボケ防止作業にやらせるといいね。誰でもできそうだから」と言うのに、チェック係りがぴしりと決めつけます。「アンドウさんの、ぽろぽろ外れちゃう」。「ああ、なにをやってもだめなんだな」と嘆いて見せれば、ついに止めをさされます、「いいのよ、そうやってがんばってくれてるだけで、みんな元気が出るんだから」。

 この雑務はしかし、冗談ではすまない、なかなか深刻なものなのです。
 <世界会議>開催予算は、以下のようになっています。
 ・ 会場費、海外からのゲスト旅費、通訳料など会議費が3400万円。
   印刷など広報費が1000万円、人件費、交通費など管理費が1300万円。
  合わせて5700万円の支出を、

 ・ 賛同金(一口が、団体10000円、個人2000円)が3200万円。
   グッズ販売が1200万円。入場料(一人1000-1500円)などで1300万円。
  を合わせた収益でまかなうのです。

 そしてアンドウさんは、このうちのグッズ販売に携わっているわけですが、この販売計画を話し合う会議で、「あーらアンドウさん」“いじめ”を無邪気にしてくれるようなおねえさんが質問しました、「収益と売り上げと、どうちがうのかしら?」と。活動資金のほとんどを原価なしの会費や募金でまかなっている市民活動のメンバーだから、ポストカードでもシャツでも、グッズがただで出来るわけではなくて、それなりの原価がかかっていることに思い及ばないひともいるのです。
 現実には、グッズ収益1200万円と言えば、原価を半分ぐらいで済ますとしても、2000万円余という売り上げが必要になります。「今日は浦和の映画集会で、3万円売ってきました」、「今日は品川で・・・」と、キャンペーン部メンバーの献身的な努力の様子が毎日のメールで報告されています。が、20071120日時点では、グッズ販売収益が約480万円、賛同金は約520万円。合わせて約1000万円。仲間の一人は「赤字必至」と断定しています。


 実行委に名を連ねる自分には、「財政責任」が負わされています。つまり、グッズ販売などが目論見通りにできず、たとえば2000万円の赤字が出れば、それを約40人の実行委員で約50万円ずつ分担して埋める責任がかぶってきます。そこで、平和活動団体などでちょっとした講演をするような機会があると、「そうなったら、夜逃げするか、わが家人の顔のしわにアイロンをかけ、コンビニなどで働かせなければなりません」と、その終わりにこうした泣き”を入れて賛同金集めを試みているのです。

 繰言を言っていても仕方がありません。<9条>は是非とも成功させねばならない集まりです。年末から年始にかけて、開催案内のチラシ配りなどに気合を入れています。それ自体が、目的とする護憲活動につながるものであり、だからその展望・難しさを実感することにもなります。

 図らずも(あるいは「終刊」のどさくさまぎれに)、<9条>キャンペーンの長広舌に及びました。ずっと前から真面目に護憲に尽くしていた人たちのなかには、「いつまでも護憲・改憲の不毛な対立を続けるのではなく」と、「護憲的改憲」を主張するひともいます。この種のことには晩生のわたくしは、いわば一周遅れで「頑迷固陋護憲派」の先頭に立ってしまったのかもしれません。“遅れて来たもの”なりの役割・巡り合わせかと観念しています。

 ひところまでなら立派に介護を受けるべき年回りになって、超高齢化国日本のいたるところにみられる老々介護に、自分も日々の多くを割かねばならなくなっています。90歳を超えた実母と家人の母が、自宅近くの介護施設で暮らしていて、兄弟手分けしながら、洗濯物、郵便物、(ほんとはよくない)お菓子の持ち運びなどをしています。年末年始は、施設従業員の休暇のため、母たちを自宅に引き取らねばなりません。
 赤子のころ散々に面倒をかけたようなあれこれの世話を、いま親に対してする巡り合わせになって思うのは、「人生、順繰り、回り持ち」。年賀のご挨拶に気の利いたひとことをと、無理にひねり出した一句は、禁じ手の語呂合わせも交えて―

  ≪悔悟なき介護をつくせ 寒椿≫
     
 「終刊特集号」編集担当の高嶋宏尚さんを初めとする<研究会>幹事の労を謝し、皆様のご健康とご多幸をおいのりいたします。


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