さよなら「経営と情報通信」研究会
       瀬川 滋



 この研究会が発ち上がった頃、私はNEC本社にいたが、仕事で全国を飛び回っていた関係で会合にはほんの数回しか出席出来なかった。その後は関西・四国に移ったので、今度は距離的制約もあって殆ど参加出来なかった。そんなことの罪滅ぼしという訳では無いが、会報に原稿をという募集があった時には出来るだけ投稿し、会報には名を連ねるようにしていた。会報が電子化されてホームページ(以下HP)となってからも、企画ものには投稿するように心掛けていた。特に年始号には「とんでもない初夢」という記事を毎年投稿していたが、これには結構力が入っていたことを思い出す。

 ところで、私は若い頃から山をやっていたが、登山の記録は手帳にこまめに書くというのを旨としていた。しかし、手帳というのは冊数が増えてくると始末が悪い。ちゃんと管理しておれば問題無いのだろうが、そうでないと以前登った山の記録を探そうとしてもなかなかうまく検索出来ない。それよりも何よりも、劣化が大問題。歩きながらちょこちょこと書いた小さい文字。それもガスの中で湿った紙に書いたりした場合、二十年も三十年も経つとなかなか判読し難くなってしまう。これでは駄目だ、ちゃんと記録に残さないと思い至ったのがこのHPの活用。硬派で知られていたこのHPに趣味でもいいのかなと、恐る恐る辻さんに聞いてみると大歓迎との返事。

 最初は、自分にとって記念碑的な山、印象に残った山のみ写真付きの備忘録の積もりで投稿していた。この頃になると、過去登ったこと無い山に登山するとなると、それ迄は事前に「山と渓谷」等のガイドブックを調べてコースの選択等準備をしていたのが、HPを調べて登るというスタイルに変ってきていた。というのは、ガイドブックだと例えば台風等で道が迂回路に変わっているとか、紅葉がどの位遅れているか等のホットな情報は得られないが、HPだとそれが手に取るように分るからである。最近はブログ形式のが増えてきているので、もっときめの細かい情報が沢山得られる。ということは、私の記事にも見えない読者がいるはず。特に私の場合は、休暇も取らず仕事の合間を縫ってあちこち遠くまで出かけるが、他にも時間のやりくりに追われながら山に登っている人がいるはずで、そんな人に役に立つようにと少し丁寧に、それも登山すれば必ず書くようにしてきていた。

 また私は、都会育ちということもあって、鄙びた里を訪ねて昔の日本の良さを味わうのが大好き。幸い山や出張で全国あちこち飛び回っていたので、行った先近くの古い町についでにちょこっと寄っていた。これをカメラも持たず、頭の記憶のみに納めていたが、年と共に行ったという事実は覚えてはいても、その地その地の趣はどんどん忘却の彼方に消えてしまっていた。そうだこれも記録に残しておこうと、ついでに投稿を始めた。最近は、これも結構力が入っている。

 ところで、平成13年にソフトウェア会社の社長となって四国・松山へ赴任した時の話。当時の瀬戸内の企業はと言えば重厚長大企業が多く、丁度バブルがはじけた後だったので経済は壊滅状態。これに対して、県の経済振興策は工場用地を作って進出を促すという昔ながらのまま。私は、松山は人材が優秀で比較的賃金が安いということに着目し、未だ中国のソフトが今ほど注目されていなかった頃だったので、「ソフトウェアといえば松山」と言われるようにソフトウェアに向いたインフラ整備に注力すべきだとあちこちで叫んでいた。そんなこともあってか、四国財界の雑誌の編集をしている高松の人が、突然記事を書いて欲しいと来社された。その人は、挨拶もそこそこに当時の研究会のHPの「とんでもない初夢」のコピーを差し出して、「貴方の考えはこれなんですね」と予め人物評価は済ませてあるという口調で話し出された。その時、HPにはこんな使い方もあるんだなあ、いいいかげんなことは書けないなあと改めて緊張したのを思い出す。 そのHP、最近は研究会活動の停滞を映して投稿がめっきり減ってきていた。もし私の投稿が無くなったら、なおさら寂しいものになるだろう。これはいけない、しっかり書かなければと意を新たにしたものである。ところが、今年は思うように山に登れない程公私共に多忙。しかし、HPのことを考えて、可能な限り月1回は登るように励んだ。山に登ったから書くというのでは無く、書くために登るといった方が相応しかった。正に、このHPが無かったら今年はまともに山に登れていなかったということだ。また、登れば必ずついでの里巡りも行い、花や季節が感じられる景色の写真でページを賑わすようにも努めた。どうしても登れない月には、写真だけでも投稿するようにした。

 このHPが一区切りする今、改めてバックナンバーを辿ってみると随分色々な所に行ったなあと感慨深いものがある。この記録が全て閲覧できなくなってしまうとなると大変なことだと気を揉んでいたが、幸い新しいHPが立ち上がり、内容はそのまま残るということになった。本当にホッとしている。また、義務感から書いていた所からも開放されるのも嬉しい。装い新たに発ち上がるHPに、引き続き頑張って書き続けたいと思う今日この頃である。[
2007.12.20


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